4月、鹿児島県阿久根市の沖合で引き上げられた日本軍の戦闘機「紫電改(しでんかい)」。海中から姿を現した紫電改は、81年前、アメリカ軍の航空機と戦い、海に不時着しました。

太平洋戦争の末期、アメリカ軍機は頻繁に日本の上空に飛来し、各地が空襲を受けました。紫電改の役割は、こうしたアメリカ軍機を迎え撃つことでした。源田氏は、紫電改の部隊がある第三四三航空隊(343空)の指揮官=司令でした。

源田氏は生前のインタビューで、343空の任務について語っています。

源田実氏(1970年)
「やってくるやつは全部やる。制空権の奪回というのが主目的。アメリカ軍の戦闘機をまずやっつける、爆撃機もやります」

鹿児島で引き上げられた紫電改に搭乗していた林喜重大尉は、戦死しました。アメリカ軍の圧倒的な戦力によって、紫電改の若いパイロットたちも命を落としました。

1970年のインタビューで源田氏は、指揮官としての思いも語っていました。