何度もピンチをチャンスに変えてきた

1年のおよそ半分は閑古鳥が鳴き、売上は右肩下がりに。それでも富士家が35年続く理由を探ると、大嶺さんが幾度ものピンチを乗り越えてきた歴史が見えてきます。

冬場の売上低迷への対策として最初に打ったのが、デリバリーにイートイン形式を加えるという転換でした。現在の泊本店の場所の3分の1ほどのスペースからスタートし、冬場をしのいだのです。

次の転機は、ショッピングモール「ジャスコ(現イオン那覇店)」の沖縄上陸でした。人が集まる大型商業施設に目をつけた大嶺さんは、飛び込み営業を重ねて屋台式の対面販売を実現。「買って帰れる」手軽さが県民に受け、その名が一気に広まりました。多いころには県内に35か所もの屋台を展開。夏の数か月~半年間だけで年商3億円を売り上げる、“飛ぶ鳥を落とす勢い” を12〜13年にわたって維持し続けたといいます。