火山とのせめぎ合い 再入植と、再離島

移住の詳細を記録した『鳥島移住始末』(琉球大学付属図書館所蔵)

その後も物語は終わらない。最初の久米島移住後、硫黄鳥島で国策企業による硫黄採掘などが再開されると、再び人々が入植していった。戦前には人口が600人に達し、小中学校、診療所、役場まで設置されるほどの規模に膨らんだという。

しかし、1959(昭和34)年の噴火が再び住民を那覇や久米島へと追い出した。1967(昭和42)年の噴火では出稼ぎの採掘員も撤退を余儀なくされ、硫黄鳥島は、無人島となった (※天城町教委資料)

硫黄鳥島(海上保安庁HPより 第11管区海上保安本部撮影)

地理的に見れば鹿児島県に近い硫黄鳥島が沖縄県久米島町に属する理由は、数百年にわたる琉球王国との結びつきと、島民ごと久米島へ移住した歴史的経緯にあった。