「一緒に考えてもらう」ため、「伝え続ける」
そこから大和田さんは福島全域で震災被害の取材を開始。自身も被災者でありながら、避難所や原子力発電所に何度も足を運び続け、時に叱責されながらも大和田さんは被災者の生の声を聞くことにこだわり続けました。
「私たちは被災地責任、被災者責任というものがあるんですよね」「震災を知らない人たちに決して上から目線で物事を押し付けるんじゃなくて、一緒に考えてもらうような提案をしていく。それはやっぱり伝え続けることですよね」
被災地の情報を県内外へ発信する大和田さんは、沖縄での奇跡のピアノコンサートの企画に参加。その活動の中でKiroroの金城さんと出会い、奇跡のピアノの歌詞作りに協力したのです。被災者の言葉を纏めた歌詞の案を金城さんへと託しました。
2番の歌詞には特に印象が強かった言葉が綴られました。
『錆びた弦張り直すように新しい毎日が生まれたなと思いながら今日も生きている』









