23日、新幹線として走り出す「かもめ」
その一方で長崎~博多を結ぶ特急「かもめ」は廃止されます。
長年にわたって長崎県民に愛されてきた「かもめの歴史」と、今日を特別な思いで迎える人を取材しました。
■ 特急かもめを運転して19年「カーブが多く苦労した」
長崎ー博多間を結ぶ特急かもめ。

現在の区間を走るようになって46年。県民の足として姿・形を変えながら「かもめ」のバトンを繋いできました。
その特急かもめを19年運転してきたJR九州の中村健悟さん。
JR九州長崎総合乗務センター指導運転士 中村健悟さん:
「一番最初ですね。運転した時の思い出なんですけど、他の列車より速度が速いなと。肥前鹿島から諫早間がカーブが多くて、見習いのときにですね、(速度などを)覚えるので一番苦労した」
(運転士に声をかける中村さん)
「お疲れ様です。今から博多まで乗務ですけど気を付けて安全運転で乗務してください。」

見習いのころは苦労したという中村さんも、今では若手運転士の指導官です。

JR九州長崎総合乗務センター栗田拳成運転士:
「仕事熱心で、いつも自分たちのことを気にかけてくれる大変良い先輩です。もう何でも聞いたら教えてくれて…本当、物知りだなっていう印象ですね。」
カーブや勾配が多い長崎ー博多間でどうすれば快適に過ごしてもらえるかを考え続けた19年でした。
■ 歴代のかもめ車両 ”白いかもめ” 最後の姿を撮影するファンも
現在、長崎駅西口にはかもめの歴史を振り返るパネルが展示されています。
今から85年前の1937年。
東京―神戸を結ぶ特急として誕生した「鴎(かもめ)」
※鴎=正確にはメではなく品

戦時下で一度廃止されましたが復活を遂げ、1961年にはディーゼル特急に。
”60年前に走る姿”を記録した貴重な映像がNBCに残っています。

1976年には電車に進化、現在の博多―長崎間に定着しました。

平成に入ると、開発して間もない『ハイパーサルーン』が導入され、従来型は再塗装されて『赤いかもめ』にリニューアルされました。


1994年には『黒いかもめ』、2000年には赤との交代で『白いかもめ』が登場し、今日に至ります。

ラストラン1週間前。
佐賀県の有明海沿いにはカメラを構える鉄道ファンの姿がありました。

こちらの男性は広島から来たといいます。

ファンの男性:
「まだ今特急が走らなくなるので、それを撮りに来ました。新幹線ができて、観光的にはいいんかなと思うんですけど、なんか寂しいなという気持ちがありますね」
この日は、3時間かけて撮影すると意気込んでいた男性。

(写真の出来は?)
「まずまずですね。やっぱ白いボディーが映えますよね。青空がコントラストというか綺麗に映えるのかなと思って」
■ ファン歴 50年 かもめ関連グッズの収集も…
長崎きしゃ倶楽部 代表世話人 吉村元志さん:
「こんにちは。よろしくお願いします」
鉄道愛好家でつくる長崎きしゃ倶楽部の吉村さんもかもめに魅了された一人です。
就職で、博多から長崎まで来るために乗ったのが特急かもめでした。

吉村 元志さん:
「28歳の時に長崎の方に参りまして、いよいよ博多から出撃するぞという帰り道のない片道切符じゃないですけど…」
小学生のころから鉄道好きだった吉村さん。かもめのファン歴は50年です。

「これが鉄道模型ですね。実物の80分の1のスケールになります。」
「こちらが昭和36年の10月の時刻表で、この時に初めて京都から長崎まで特急かもめが入ってきた。」
時刻表が大好きという吉村さんですが、今は少し買うのを控えているそうです。

吉村さん:
「結婚するぐらいまで買ってたんですが家の床が抜けると怒られましたそれからちょっと買うのをセーブしたんです。
長年かもめが長崎の方にも愛されて、また長崎の方の足として、絶対これまで活躍をしてきたんですけども、今度は新幹線がそれを引き継いで、ますます大きな形になっていければいいなと思ってます。」

運転士の中村さんが長崎駅で特急かもめを見送るのも今日が最後です。
JR九州長崎総合乗務センター指導運転士 中村健悟さん:
「運転士経験で19年一緒に乗ってきたんで寂しい気持ちはありますけど、かもめですね、西九州新幹線の名前で引き継いでくれるんで、そこはですね、これからも乗務はできなくなりますけど、しっかり応援していきたいと思います。」

Q最後の日にかもめにかけたい言葉はありますか?
「最後はやはり今までご苦労様でした。そしてこれからですね、新幹線としてまた新たな第一歩を踏み出して、頑張ってくださいと声をかけたいです。」
ラストランとなる特急かもめ。

様々な人の思いを乗せ46年間多くの人に親しまれた「かもめ」の名前は23日から新幹線に引き継がれます。
かもめのラストランは、22日深夜0時1分の長崎駅着となっていて、駅では社員と鉄道ファンが手旗を振って最後の列車を出迎え、その後、お見送りを行うということです。