飛躍的なスピードで進化を遂げる“世界のムナカタ”


棟方志功
「世界一の絵描きになると思ってきたけど(展覧会の入選者に)落ちたり入ったりした。これじゃと見限りつけて油絵には。どこにもない本当の仕事。国から生まれる外国の真似でもない。日本の国から生まれる布置(=構図)があるんじゃないかと思ったのが板画の仕事に入る初め」

志功は板画を本格的に始めると飛躍的なスピードで進化を遂げます。宗教的な表現も取り入れ独自の作風を確立。国内外の展覧会で数々のグランプリを獲得し「世界のムナカタ」と称されました。その制作風景を間近に見ていたのが、志功の孫である石井頼子さん(66)です。石井さんは志功がスケッチをする時の様子をこう、ふり返ります。

棟方志功の孫の石井頼子さん


志功の孫・石井頼子さん
「目が悪いので、双眼鏡で景色を見まわして、ここっと思ったら『早く早く!』という感じ。『早く描かないと絵が逃げる』とよく言いました。それは印象としてつかんだものをすぐ表したいと」

生まれつき視力が弱い志功は写実的に描くことよりも、自らの心を動かしたものだけを大胆に描きました。その特徴は初期の板画によくあらわれています。自然を抽象化しながらデザイン性豊かに表現していて、この作品では菊の花をシンプルな線で強弱をつけ大胆に彫っています。

自然を抽象化しながら表現した 初期の作品 萬朶譜(1933年制作)の一部


そのスタイルはさらに進化していき、仏教の精神を表現したこちらの作品では動植物だけではなく般若心教の文字までも装飾として捉え格調高く彫りました。

動植物・般若心経もちりばめた装飾性の高い作品 追開心経の柵(1957年制作)の一部

こうした作品について、孫でありながら志功の芸術の研究もしている石井さんは青森の修業時代の経験が力となり誕生したとしています。