大会2日目の10000mに田澤廉(22、トヨタ自動車)、6日目の5000mに佐藤圭汰(19、駒大2年)と、駒澤大学(以下駒大)の先輩後輩が男子トラック長距離種目に出場する。9月29日から10月5日に行われるアジア大会(中国・杭州)陸上競技。田澤は7月のアジア選手権に優勝したが、今回はそのとき以上にライバルが強力だ。佐藤は1500mと5000mで高校記録を更新した選手で、トラックで世界を目指すステップとしてアジアに挑む。箱根駅伝強豪の駒大で、トラックでも世界を目指すスピードランナーが育っている理由とは?
アジア選手権よりも強力な外国勢
田澤は7月のアジア選手権10000mに優勝(暑さのため記録は29分18秒44)したが、2位のS.K.コエチ(23、カザフスタン)は自己記録が約1分下の選手だった。ケニア出身だが国際大会の実績もない。3位のインド選手は自己記録で1分半の差があった。
アジア大会は、そのときと比べられないほどライバルが強力だ。
優勝候補筆頭はB.バレウ(27、バーレーン)だろう。エチオピア生まれの選手で自己記録は27分07秒49。東京五輪5000mで6位に入賞し、10000mでは今年の世界陸上ブダペストで10位。1国3人の制限がないダイヤモンドリーグは、長距離種目のレベルは五輪&世界陸上になることもあるが、そのダイヤモンドリーグでバリューは上位常連である。
もう1人のバーレーン代表、D.フィカドゥ(27)もエチオピア生まれで、10000mの自己記録は27分23秒44の田澤より1分以上遅いが、5000mは13分10秒40で田澤より10秒以上速い。サウジアラビアのT.A.アラムリ(32)は、今季27分44秒33と自己記録を2分近く更新した勢いがある。
そして塩尻和也(26、富士通)も、5000mの自己記録では田澤を上回る。
その状況で田澤はどう戦おうとしているのか。8月の世界陸上にも出場し、28分25秒85で15位。終盤は世界トップ選手たちに30秒以上引き離されたが、駒大時代から田澤を指導している大八木弘明駒大総監督(田澤にとってはトヨタ自動車から指導を委託されているコーチ)は「田澤なりのレースができた」と言う。
「田澤は暑さの中でのレースが得意ではありません。ブダペストもウォーミングアップのときは日差しも強く、暑かったのですが、田澤なりに思ったレースが少しはできました。ブダペストの湿度はそこまで高くなかったのですが、杭州は湿度も高いかもしれない。その辺を我慢してほしい」
世界陸上から帰国して1週間ほど休養した後、高地の菅平で練習した。距離を走るメニューは「30kmくらいを1本、20~25kmを2本」(大八木総監督)を行い、スピード系のメニューはインターバル練習を何回か行った。「アジア選手権のときほどダメージはなく、少しずつ良い感じが戻っています」。
ライバルは強力だが、田澤も力を発揮する準備はできている。
駒大のスピード練習の進化
5000mには佐藤圭汰が出場するが、強敵は10000m以上に多い。10000mにも出場するバーレーンのバレウとフィカドゥ、サウジアラビアのアラムリ、日本の塩尻に加え、自己記録(全員が今シーズンの記録)が13分15秒67のK.タンティウェート(26、タイ)、13分16秒28のM.アルガルニ(31、カタール)、13分19秒30のA.M.サブレ(29、インド)ら、メダル候補が目白押しである。
しかし佐藤も、日本を代表するスピードランナーになると期待されている選手。洛南高3年時の21年に1500mで3分37秒18、5000mは13分31秒19と高校記録を更新。駒大に進んだ昨年は、13分22秒91と5000mのU20日本新をマークした。
田澤も駒大在学中に22年世界陸上オレゴン10000mに出場するなど、世界を目指した強化を行ってきた。佐藤はスピード型ということもあり、さらに徹底している。
世界的に活躍する選手が多く所属する海外クラブチームの練習に、今年3月に約1週間参加した。そこで大八木総監督は世界トップチームの、スピードへのこだわりを目の当たりにした。
「ポイント練習の最後に150mを4~6本、(減速区間を)200mでつないで走っていたんです。駒大でも週に3回くらい、400mや200m、あるいは1000mを入れていましたが、それを150~200mに変えて行うようになりました」
これは駒大だから、スムーズに導入できたのかもしれない。大八木総監督が駒大コーチとして着任した90年台後半から00年代中盤までは、練習で走る距離を増やすことでチームを強化した。箱根駅伝は00年に初優勝すると、02~05年まで4連勝。“平成の常勝軍団”と呼ばれるチームに成長した。
大八木総監督自身は当初から、世界を目指した強化をしてきた。事実、大八木門下1期生の藤田敦史(現駒大監督)は大学4年時に、マラソンで2時間10分07秒と学生記録を20年ぶりに更新した。卒業後も継続して指導を行い、藤田は実業団1年目の99年世界陸上セビリア大会で6位に入賞。00年12月の福岡国際マラソンでは2時間06分51秒の日本記録を樹立した。
藤田が行ったメニューは今も、まったく同じではないが、長めの距離の練習で成長するスタミナ型の選手には生かされている。しかしチーム全体には、特に4連勝後はスピード化を推し進めてきた。1000mのインターバルの設定タイムなど、どんどん速くなっていった。その裏では、故障をしないための工夫や、ストイックな日常生活が求められる。
「箱根駅伝を走った後の選手たちの夢は、世界で戦うことです。学生の間にスピードをしっかりやっておかないと、将来的にマラソンで戦うこともできなくなる」
スピード化を推し進めてきた駒大だから、海外クラブチームの練習導入にもスムーズに対応できた。