前回の「アジア柔道の勢力図」に続いて、今回はアジア大会中国 杭州(23日~10月8日)、柔道競技・男子個人戦の展望をお送りします。まだドロー(組み合わせ抽選)が終わっていないのですが、エントリーリストをもとに全7階級の勢力図を見ていきたいと思います。

全階級にわたって優勝候補を持つのが日本。ただしどちらかというと軽量級が優勢で、中量級から上は90kg級、100kg級、100kg超級に金メダル候補を揃えたウズベキスタンが優位と言えます。これに、66kg級や81kg級など特定の選手の力が抜けている韓国、突き抜けた選手は少ないがどの階級にもレベルの高い選手を揃えるモンゴル、メダルの当落線上にブレイク寸前の選手をずらり並べるキルギスタンなどが挑むというのが全体の構図です。

【男子60kg級】
金メダルを争うと目されるのは、東京五輪銀メダルのヤン・ユンウェイ(台湾)、5月のドーハ世界選手権で銅メダルを獲得したばかりのイ・ハリン(韓国)、そして日本代表の近藤隼斗(22)の3名です。近藤は昨年12月のグランドスラム東京でヤンを内股「一本」で破っており、イは癖のある選手が揃うこの階級の韓国勢の中では比較的柔道がオーソドックスで、決して戦いにくい相手ではありません。金メダルに届く可能性はかなり高いと思います。ヤンは寝技、イはしぶとい組み手に先手の担ぎ技と、近藤の良さである豪快な投げを消し込むべく、一種地味な試合を仕掛けてくることが予想されます。これをどう突破するかが見ものです。

残り1枠のメダル争いに絡んでくるのは、2022年世界選手権2位のエンフタイワン・アリウンボルド(モンゴル)、もと世界王者イェルドス・スメトフを差し置いて代表入りしたマグジャン・シャムシャディン(カザフスタン)、正統派の内股系ディルショドベク・バラトフ(ウズベキスタン)など。

【男子66kg級】
優勝争いの主役は2015年世界王者で東京五輪でも銅メダルを獲得しているアン・バウル(韓国)と、世界選手権で3位2回のヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)の2人。ここに、8月のワールドマスターズでアンを破って優勝、一段「格」を上げた日本の田中龍馬(21)が割って入るというのが大枠の構図です。アンは様々なタイプの背負投を持ち、足技も得意な業師。ベテランらしくインサイドワークにも優れます。ヨンドンペレンレイは非常に面白い選手です。パワーファイターで、背中を抱いた「相撲」状態に持ち込んではギリギリの投げ合いを挑み続けるのですが、投げを決めることも、また投げられることもあまりない。互いが力を出しっぱなしの長時間試合に持ち込んで最終的には勝利を得てしまういわば「体力モンスター」。戦うだけで消耗必至、この選手にスンナリ勝てるのは阿部一二三だけといっても過言ではありません。この2人に挑む田中は「馬力」が持ち味。彼らの特徴を打ち破るだけの「技」(背負投)、「モード」(遠間と密着の使い分け)、「スタミナ」という必要条件も揃えています。上位戦はほとんど世界選手権と変わらないレベルの厳しい戦いですが、大いに期待したいと思います。

この3人のメダル確保はまずまず堅いところ。残る1つを、投げのセンス抜群のサルドル・ヌリラエフ(ウズベキスタン)と、2021年に60kg級で世界選手権の銀メダルを取ったグスマン・キルギズバエフ(カザフスタン)が争います。クバニチュベク・アイベク=ウール(キルギスタン)の潜在能力の高さにも注目しておきたいところ。

【男子73kg級】
昨年の世界選手権で決勝を争った橋本壮市(32)と、ツェンドオチル・ツォグトバータル(モンゴル)の2人が金メダル候補。橋本は2017年、ツェンドオチルは2022年に世界選手権で金メダルを獲得しており、実績の面でも頭1つ抜けています。ただし73kg級はもっか世界全体がかなりの人数を巻き込んだ混戦状態にあり、アジアの勢力図も当然ながらこれを反映。続くグループとこの2人の間に絶対の実力差はありません。追いかけるのは今年に入って成績が上向いている28歳のベフルジ・ホジャゾダ(タジキスタン)、波はあるが最高到達点が高いシャフラム・アハドフ(ウズベキスタン)、昨年のアジア選手権で優勝して以降好調をキープしているダニヤル・シャムシャエフ(カザフスタン)の3名。V候補2人にとっても気の抜けない陣容です。

橋本の生命線は組み手。特に引き手(左手)に注目して欲しいと思います。相手の腕を外から抱き込む形が技の起動スイッチ。私たちが勝手に「橋本グリップ」と呼んでいる、得意技の片手袖釣込腰に繋がるこの組み手が作れるかどうかが駆け引きの最前線です。国際大会の上位対戦を見ると、ライバルたちがこの組み手を作らせまいと様々工夫を凝らした手立てを打ち、橋本は逆にその徹底警戒を利用して相手を嵌めていく。この知恵比べが実に面白い。ぜひ観察してみてください。