23日に開幕するアジア大会中国 杭州。今回は、アジア柔道の勢力図についてお話します。男女で少し差があるのですが、あまり詳し過ぎても長くなってしまうので、少し丸めて、なるべくざっくりと。
2010年頃までは最強国・日本にライバル韓国が挑むという構図で間違いありませんでした。全階級を通じたこの大きな構図の中で、中国や北朝鮮、イラン、モンゴルやウズベキスタンなどに時折スポット的に強い「個」が出現し、その選手がいる階級で王座に挑むという時代が長く続きました。中国の女子重量級など伝統的に強いパートを持つ国もありますが、全階級にわたって常にレベルの高い選手を揃えるのは日本、少し離れて韓国までという時代です。
これがロンドン五輪、アジア大会でいえば2010年の広州大会から14年の仁川大会くらいから事情が変わってきます。言葉にすると「モンゴルの躍進と強豪としての定着」が起こり、続いて2016年リオ五輪以降に顕著となった「スタン系の国々の躍進」「韓国の退潮と復活機運」、そしてこれもリオ五輪後に起こった「モンゴルおよびスタン系の女子強化によるメダルの拡散」。このあたりが大きな流れです。
これを踏まえた上で、現在の強豪国を紹介していきたいと思います。
男子は、まず全階級にわたって世界選手権メダルクラスの強豪を有するのが日本。ただしどちらかというと軽量級優位で、中量級から上はウズベキスタンが強い。モンゴルはチャンピオンクラスの数は少ないが平均的にどの階級にも強豪がおり、韓国は60kg級、66kg級、81kg級、100kg超級などが強いがレベルの高くない階級も増えた。他の国はスポット的に強い階級がある、という勢力図です。
女子は、リオ五輪以降の韓国の退潮を受けて、アジアの中では日本が抜けています。全階級で日本が優位で、ウズベキスタンや韓国、中国、カザフスタンなどが特定の階級で強い選手を持つという構図です。
【モンゴル】
2008年北京五輪100kg級金メダルのナイダン・ツヴシンバヤル(39)、2009年ロッテルダム世界選手権73kg級金メダルのハッシュバータル・ツァガンバータル(39)と00年代後半に2人の世界王者が現れ、国民的英雄となりました。これを受けて国を挙げての組織的強化が本格化。ロンドンーリオ期は、「モンゴル相撲」由来のパワースタイルを持ち込んで 世界の柔道シーンを席捲しました。 この時期に73kg級のサインジャルガル・ニャムオチル(37)らが柔道に持ち込んだ「やぐら投げ」(決まり方によって柔道では「内股」か「移腰」に分類されることが多い)は今や世界的な標準技術。日本の、地方の高校生でも使いこなすようになっています。2010年代中盤の国際柔道は世界の民族格闘技の受け皿となっていた感がありますが、この流れに乗った「時代の寵児」がこのモンゴルと言えます。女子は少し遅れて「カリスマ輩出→各階級に強豪を揃える」という男子の流れを踏み、サンボ由来の寝技で2013年の世界選手権48kg級を制したムンフバット・ウランツェツェグ(33)を嚆矢として、松本薫(36)と激戦を繰り広げたドルジスレン・スミヤ(32)など幾多の強豪を輩出しました。
いまは、チャンピオンこそ少ないですが、軽量級から重量級までバランスよく強者を輩出しています。かつてはモンゴル相撲流のパワー派がほとんどでしたが、このところ「最初から柔道を学んだ」匂いの濃い、柔道自体が上手い選手が増えています。今回の優勝候補は、まさにパワー派の男子66kg級ヨンドンペレンレイ・バスフー(29)に、こちらは柔道自体が上手い2022年の男子73kg級世界王者ツェンドオチル・ツォグトバータル(27)。
【ウズベキスタン】
もっか、男子アジア最強国の一。民族格闘技「クラッシュ」の影響もあってもともとパワーファイトを好む選手が多い土壌がありましたが、ここに、2019年から腰技系パワーファイトの泰斗、五輪・世界選手権で4つの金メダルを持つイリアス・イリアディス(36、ギリシャ)がヘッドコーチに就任。これが噛み合ったか以後は大躍進を遂げ、2022年、地元タシケントで行われた世界選手権では90kg級のダヴラト・ボボノフ(26)に、100kg級のムザファルベク・ツロボエフ(23)と男子で2つの金メダルを獲得しています。選手全員がパワーを生かすための戦略、戦術に実に長けており、日本男子が今のアジアでもっとも警戒すべき国と言えるでしょう。「男女混合団体戦」(2018年~)の創設を受けて女子の強化にも着手し、52kg級のディヨラ・ケルディヨロワ(25)や70kg級のグルノザ・マトニヤゾワ(29)など男子そのままのスタイルの強者を生み出し始めています。
【韓国】
映像情報があっという間に伝わり、柔道スタイルの平均化が激しい昨今にあっては珍しく、「この国ならではの柔道」が比較的明確な国。男女通じて「粘り強い担ぎ技系」が多いです。いまは、リオ五輪以降の全体的退潮を受けて、巻き返しを図っているところ。関係者に話を聞くと、ざっくり言って、かつての韓国の特徴であったスパルタ系指導への回帰傾向があるようです。特に女子はこの匂いが強い。2021年11月にバルセロナ五輪72kg級金メダルのレジェンド、キム・ミジョン(52)が監督に就任。就任会見で「今の選手は根性が足りない」とぼやき、スポーツ科学的なアプローチに加えて「体力と精神力」を復活のキーワードに掲げて猛練習を課しているとのこと。男子は60kg級、66kg級、81kg級、100kg超級に強者を揃え、女子は重量級に復活の兆しが見えています。今回金メダル候補に挙がるのは男子66kg級の2015年世界王者アン・バウル(29)と、男子81kg級のイ・ジョンファン(21)。
【カザフスタン】
こちらも強国。2015年世界選手権男子60kg級で金メダルを獲得したイェルドス・スメトフ(31)をはじめとして、特に軽量級に好選手を揃えています。格闘技が大人気の国で、民族格闘技のカザックレス(カザフ相撲)やサンボも盛ん。柔道競技においては立ち技はカザックレス、寝技はサンボがルーツの選手が多いそうです。重量級の選手は柔道で鍛えて、お金の稼げるカザックレスに転向するケースがままあるそうで、これも軽量級に好選手が集中する一因とのこと。じわじわと女子の強化も進み、48kg級のアビバ・アブジャキノワ(26)はパリ五輪のメダル有力候補です。
【タジキスタン】
スタン系の急上昇国、ブレイク寸前の選手をたくさん抱えている「買い」の国です。軽量級から中量級に強者が集います。パワーのある中央アジア選手は「相撲」のような背中を抱いての密着勝負を好むのですが、この国の選手は共通して袖をがっちり絞る、少し癖のある柔道をします。今回の注目は国際大会連勝中の男子81kg級ソモン・マクマドベコフ(24)、もっかワールドランキング1位の男子100kg超級テムル・ラヒモフ(26)、8月のワールドマスターズ2位の男子73kg級ベフルジ・ホジャゾダ(28)。
【中国】
女子の強国。これまで、トウ・ブン(40、2008年北京五輪金、2012年ロンドン五輪銅メダル)、ユー・ソン(2016年リオ五輪銅、2015・2017年世界選手権金メダル)と伝統的に女子の最重量級に世界王者クラスの選手を揃えて来たのですが、東京五輪を前に世代交代に失敗。一度途切れたこの系譜を、シウ・シヤン(26)とスウ・シン(32)という2人の大型選手で立て直しているところです。女子はこの78kg超級と78kg級を軸に、少しづつ好選手が増えてきました。
ここまでが「強豪国」。以降は話題の国、注目株という文脈での紹介です。