侵攻から2か月以上が過ぎましたがロシアのウクライナ侵攻は依然続いています。侵攻はどこまで続くのか?そしてプーチン大統領がいま何を考えているのか?こうした疑問について、TBS報道局の元モスクワ支局長で8年前プーチン大統領が欧米諸国と“袂を分かつ”きっかけとなったクリミア併合・ドンバス紛争を取材した、豊島歩外信部デスク・海外担当解説委員に話を聞きます。 (聞き手:石塚博久 政治担当解説委員)

■2014~15年のドネツク紛争から見る ウクライナ侵攻


--ウクライナ紛争について現状をどう見ていますか?

豊島:
一つはロシアと欧米の代理戦争に発展している情勢。もう一つは今回もたくさんのウクライナ市民の命が失われています。今見ている景色というのは私が2014年から15年に取材したウクライナの東部地域・ドンバスの紛争で見た景色と全く同じ光景だという感じがします。
(当時ドンバス地方で撮影した写真を紹介しながら)東部ドネツクで砲撃を受けた男性が病院にいました。「砲撃をくらった後、妻がいないんだよ」と話しかけてきて。
男性は奥さんと寝ていた時に砲撃を受けたそうなのですが、見たら片手が無いんですよ。血止めの注射器が垂れ下がった状態で「痛くないんですか?」と聞いたら「痛くないんだよ。痛みよりも奥さんの居場所が心配で」と話していました。奥さんはたぶん亡くなったんだと思います。本当に衝撃的でした。

--煙が上がっている画像はドネツク州のもの?

豊島:
2014年7月の州都ドネツク市です。取材中に出くわした砲撃ですね。当時はウクライナ軍と親ロシア派勢力の闘いが激しくなっていましたから、街の中心部にまで頻繁に砲撃が飛んでいました。こういった破壊された部屋や家などが無数にありましたが、ブロック塀でできているので簡単に壊れてしまうのです。

--この取材のとき豊島さんは親ロシア派勢力に拘束されたと?

豊島:
普段だと親ロシア派兵士からもウクライナ軍兵士からも「日本から来た」というと歓迎されます。しかし当時は双方が非常に緊迫していて、親ロシア派の本部に連れていかれ「何しに来たんだ」と聞かれました。その時出会った親ロシア派の隊長がお盆に大量の携帯電話を乗せていて、その携帯電話で次々に各地に指令を出していました。その隊長に「日本から来た」と伝えたら「拘束して悪かった」と言って取材に応じてくれました。
西側のジャーナリストたちも拘束されていました。(ジャーナリストに)話を聞くと「扱いは悪くない」と言っていましたが、「危険はないけど早く帰りたい」と言っていましたね。拘束されている様子をとらえた映像は世界配信されました。