帰るに帰れない人たちとは…
では、なぜ長く収容されても送還に応じない人がいるのか。
実は不法残留として摘発された外国人の大半は国外に退去している。残るのは「帰るに帰れない」人たちで、20年末で3000人余りになる。
この中には、祖国での迫害を逃れ、「帰国すれば命が危ない」と訴える難民申請者がいる。日本の難民認定率は格段に低いため、他の国ならば難民と認められるのに、そうならないから何度も申請することになる。ミャンマーの少数民族やトルコ国籍のクルド人は、欧米ではかなりの割合で難民認定されている。クルド人の場合、昨年、入管の不認定を札幌高裁が取り消す判決が確定し、ようやく1人が認定されただけだ。
全国難民弁護団連絡会議代表の渡辺彰悟弁護士は、「送還を拒む人の6割以上は難民申請者。入管側は国際基準より狭い解釈をして、迫害する側から個別に把握されたり、特に狙われたりしなければ難民と認めないため、本来ならば保護されるべき人が保護されていない」と難民認定制度の機能不全を指摘する。
このほか、日本で生まれて日本語しか話せない子どものいる家族や、企業が多くの外国人を働き手としたバブル期に来日して定着、本国の生活基盤を失ってしまった人もいる。
難民申請中の「強制送還停止規定」を標的に
「餓死」を受けて入管庁は、こうした人たちを「送還忌避者」とひとくくりにして、再発防止には「送還の促進が必要だ」と主張、標的にしたのが、難民申請中は強制送還できない入管法の「送還停止規定」だった。難民認定率の異様な低さは棚に上げ、「送還停止規定を悪用、乱用して難民申請を繰り返すから、いつまでも送還できずに収容が長引く。ならば法律を変える」という論法だ。
19年10月、法改正への意見を求める有識者会議が設けられた。入管庁は「帰れない人たち」の個々の事情には目を向けず、資料「送還忌避者の実態について」を提示した。
資料には誤りがあった。仮放免になった人が関与し「社会的耳目を集めた事件」4例のうち警官殺人未遂は、起訴段階で公務執行妨害・銃刀法違反となり、地裁判決では殺人未遂どころか公務執行妨害は無罪、銃刀法のみ執行猶予付き有罪だったことが明らかになり削除された。
入管庁は「捜査段階の通報内容に基づいて記載した」と釈明したが、「送還忌避者」を悪く印象づけようとしたと言われても反論できない。
それでも、20年6月、有識者会議がまとめた提言には、入管庁の思惑どおり、難民申請中の送還停止に一定の例外を設けるなどの検討が盛り込まれた。
UNHCRが「重大な懸念」を表明
コロナ禍が深刻化するなか、21年2月、旧法案が国会に提出された。
①3回以上の難民申請者の送還を、原則可能にする例外規定を設ける
②退去強制命令を拒否した場合は刑罰を科す
-などの“問題条項”が含まれた。
ところが、①に対してUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は「重大な懸念」を表明、「難民条約で送還が禁止される国へ送還する可能性を高め、望ましくない」と指摘した。②に対しては、国会審議で参考人を務めた児玉晃一弁護士が「身体拘束の無限ループに陥る」と警告した。服役して刑期満了・再び収容・帰国拒否・罪に問われてまた服役-と延々、拘束が続く恐れが生じるからだ。
さらに国連人権理事会の特別報告者と恣意的拘禁作業部会も「3回以上の難民申請者の送還は、生命や権利を脅かす高いリスクの可能性がある」「収容に司法審査(裁判所の関与)がない」「上限のない収容は拷問・虐待に当たる可能性がある」などと根本的な問題を挙げ「改正案は国際的な人権基準を満たさない」とする共同書簡を日本政府に送った。
「ウクライナから避難した人たちを口実にした火事場泥棒だ」
旧法案は審議入りし、一時は与党による「強行採決」の情報も流れた。だが21年3月、名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性が死亡したことで入管批判が噴出した。入管庁は法案審議を意識して急ぎ中間報告書をまとめたが、あるべき重要な事実が抜け落ちていた。総選挙を控え、政府は成立を断念した。
入管側への逆風は続く。