一昨年、強い批判を浴びて廃案となった入管法改正案を、再び国会に提出する動きが表面化し、反対の声が広がっている。旧法案の骨格を維持し、難民申請者の強制送還を可能にする規定などが含まれるという。迫害を逃れて日本に保護を求める人たちを追い返すような法改正は、果たして必要なのか。問題の発端は4年前にさかのぼる。
(神田和則:元TBSテレビ社会部長)
長期収容の末の「餓死」
長崎県の大村入国管理センターで、2019年6月、ナイジェリア人男性が亡くなった。死因は「餓死」。まだコロナ禍も、ロシアの軍事侵攻もない。世界中から人が集う東京五輪を1年後に控えた悲劇だった。
男性と面会した柚之原寛史牧師が振り返る。
「気さくで、部下や仲間の失敗をかばい、弱い人を守るタイプの方。入管についても決して非難はしなかった」
男性は2000年に来日、日本人と結婚して在留資格を得たが、窃盗事件などで服役して仮釈放後、入管に収容、退去強制令書が発付された。しかし本国への送還には応じなかった。子どもを日本に残して帰れない…、それが理由だった。
収容は3年8カ月に及んだ。19年5月末には食事が取れなくなり、「仮放免でも強制送還でもいいので、ここからから出してください」と言ったという。柚之原牧師は「家族を思い、きつい収容に耐えてきたが、心が折れてしまったのでは」と見る。
当時は入管収容者が増え、収容が長期化したことから、全国の入管施設で抗議のハンガーストライキが起きていた。出入国在留管理庁(入管庁)の調査報告書は、男性についても自ら飲食や点滴治療を拒否したため亡くなったと結論づけた。
しかし、柚之原牧師は「本人からハンストをするとは聞いていない。心を病み体が飲食を受け付けなかった。入管庁の報告書には『拒否』『拒食』の言葉が100カ所以上出てくるが、自己責任にするための刷り込みではないか」と反論する。そして「入管の医師が『意識を消失するか、衰弱して治療を拒否できない状態になった段階で救急搬送を』と著しく危険な指示をした。それが最悪の結果を生んだ」と、いまも胸の奥に沈む痛みを吐露した。
だれが長期収容者を増やしたのか
では、なぜ長期収容される人は増えたのか。
かつては非正規滞在となった外国人を、一時的に解放する「仮放免」が弾力的に運用されていた。だが入管当局は、東京五輪までに「わが国社会に不安を与える外国人を大幅に縮減する」方針を掲げた。
18年には「収容に耐え難い傷病者でない限り」収容を継続するとした。14年末、932人だった収容者(うち6カ月以上は290人)は、19年6月末には1253人(679人)に上った。
つまり収容者数の増加、長期化は、入管側が五輪を理由に「仮放免」の運用を厳格化したからだった。付け加えれば、入管庁は「餓死」を機に、ハンストで体調を崩した収容者を2週間だけ仮放免し、再び収容する措置を始めた。これは多くの人を苦しめた。経験者は「2週間で地獄に戻ると思うと怖くて眠れず、食べても吐いた」と証言した。