歴代天皇初の公式訪問国 皇室と王室の歩み
日本とベルギーは、江戸時代末期の1866年に国交を樹立。ベルギーは当時、ヨーロッパの中でも工業の分野が発展していて、日本と密な技術交流が行われてきた。そんな中、互いの関係を強めてきたのが、まさに皇室と王室の交流。1882年、有栖川宮熾仁親王がレオポルド2世に面会したことから始まり、1921年に後の昭和天皇が即位前(裕仁親王時代)に訪問したことから本格的にスタートする。
実は、かつては天皇が海外を訪問することは叶わなかった。理由は、天皇が国事行為を委任できる法律がなかったため。1964年にその法律が施行され、1971年に昭和天皇と香淳皇后がヨーロッパを歴訪したのが歴史上初である。いくつか訪問した中でも記念すべき初の公式訪問国となったのがベルギーだ。

駒沢大学 君塚直隆 教授
「当時のボードワン国王の招きがあって実現しました。その前に彼が来日して香淳皇后と話をされた際『まだ海外に行かれたことがないなら、ぜひいらしてください』と熱心なお誘いがあり、それがこの歴史的訪問につながったんです。現地でもさまざまな場で国王らと交流されました」
両国の交流という意味では、ベルギーは他の多くの先進国と異なり、先の大戦における軍事衝突がほとんどなかったという。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「ベルギーは連合国側、日本は枢軸国側。形式上は敵国なんですが、やはりベルギーの植民地はコンゴなどアフリカの方だったわけです。日本とは直接戦わなかった。その意味では、今回の日程前半に行くオランダとは反対に、そういうしこりがなくて、戦後も比較的穏やかな国交関係を保っていたといえます」
その後、上皇ご夫妻とボードワン国王王妃が親しい関係を築いた。1993年にボードワン国王が亡くなって国葬があった際、「天皇は葬儀に出席しない」という慣例がある中で、上皇さまは出席することを決められた。長年の友好関係に鑑みての判断で、天皇が国葬に出席するのは史上初だった。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「国葬のとき、棺に運ばれて後ろをたくさんの人が行進するときのことです。もちろん序列が決められた上で、それにならって皆さん歩くんですが、現上皇ご夫妻は、海外弔問客の先頭、それもセンターの位置だったんです。その左右にヨーロッパの国王王妃らがいたような配置でしたね。日本とベルギーの絆をずっと両国がずっと大切にしてきたということの、象徴的な場面のひとつでした」

















