「島原に残る理由はない」――ずっと続くわけにはいかない

データ分析ならどこでもできる時代。それなのに、松島さんはなぜ島原に残るのでしょうか。

松島特任教授:
「うーん、いや、本当にそう。(残る理由はデータ面では)ないですね。ここに家があるし住んでるし。向こう(大学がある福岡)に行けば、いろんな雑用もあるし、自分の好きな研究ができなくなるということもあります」

久富「専門的な知識を持っている先生が、福岡じゃなくてやっぱり現地にずっと住んでいて、現地のことを知っているっていうのは島原市としては心強いということをおっしゃっていたんですけど」

松島特任教授:
「それはそうかもしれないんだけど、でもそれがずっと続くわけにはいかない。あと何年かで私もここを出なきゃならない。地元の方々が自分たちで市民を守るという意識を持たなければならない。そういうことが防災の一番重要な点」

専門家に頼る防災ではダメ――目指すべきは「自立した防災」

当時、報道陣が普賢岳の火山活動を撮影していた拠点で、大火砕流の直撃を受けた場所「定点」。

島原市北上木場町にある災害遺構には、大火砕流で被災し、赤茶けて激しく押しつぶされた当時の車両が保存されています。

松島特任教授:
「ここもずいぶん雰囲気は当時と変わってしまっていますので、今のような穏やかなような場所ではなかった。
島原の場合は温泉もあるし美味しい食べ物もできる。恵みを享受している。観光資源としても非常に重要。そういうものを生かしてたくさんの方に来てもらう、勉強してもらう。
どういうふうにした方がいいか、避難経路を考えた方がいいかなど、そういう対策をアドバイスできれば良い。正しく恐れてもらうのが重要なので、教育も手伝っていきたい」

火山の「恵み」を愛し、その「恐ろしさ」を正しく知る。ホームドクターの「思い」を受け継ぎ、行政や市民が自ら判断して行動する「自立した防災」に歩みを進めることが今、求められています。