熊本への移住を仲介したのは村枝さんです。「(当時、岡崎さんは)お母さんと一緒に長崎でお住まいだったんで、お母さんが亡くなられたもんですから、私の地元(熊本県芦北町)で老後を一緒にカフェしませんかって言って」と村枝さんは語ります。独身だった岡崎さんはその誘いを受け、芦北町でカフェを開くことを決意しました。
一方、ひし美さんも、東京を離れて田舎でゆっくり暮らすことを望んでいたといいます。村枝さんが「ひし美さんは東京を離れて、田舎でどっかのんびり暮らしたいと思いながらいたんですよね」と説明すると、ひし美さんは「そう。だから(岡崎さんが)移住するっておっしゃったんで、いいなあと思って」と打ち明けました。
岡崎さんは、ひし美さんに対し、「僕の住んでいる近くでアパートでも借りて、なんかお仕事でもして、コンビニとかのレジであるとか、まかないのおばさんであるとか、そういう職業をやって、アパート借りてどうこうってのは大変だろうと思ったから」とした上で、「二人ぐらいなら住めるから、俺んとこ住んでもいいよって言ったら、(ひし美さんが)〝やった〟ってことになって、(ひし美さんが)〝じゃあ結婚してくれる?〟って言うから、(自分は)『結婚と、これは違うんだ』っていう頭があったんだけれども、なんとなく(結婚に)なっちゃいましたね」と、独特の飄々とした口調で経緯を語りました。
一生独身を貫くつもりだったという岡崎さんは、結婚の申し出にすぐ応じることが出来なかったといいます。














