BC級戦犯の汚名をすすぎたい
BC級戦犯の骨灰が残っていることを、スガモプリズンの在所者たちに伝えると、彼らはスガモプリズン内で仲間たちの通夜、火葬、骨拾いを希望したが、それは許可が下りなかった。結局、骨を掘り出して遺族に手渡すまでは復員局で行い、慰霊祭は戦争受刑者世話会にたのむという要望が井上に伝えられた。法務調査部の部員として2年半あまり、在所者たちと交流があった井上の心情は、BC級戦犯たちの胸のうちと一緒だった。
<井上忠男「巣鴨戦犯遺骨の埋葬秘話」人と日本(行政通信社 1975年新春号)>
わたしたちにしてみれば、遺骨引き渡しの作業はただ単に慰霊のためではなかった。つまり、国にたいして、刑死者および遺族の取り扱いを一般戦没者と同じに認めさせたい、すくなくともそういう形にもってゆくきっかけにしたい、という願いがこめられていた。世間ではとかく東京裁判A級戦犯の七氏がクローズアップされるが、じつにBC級の刑死者・獄死者たちはおびただしい数にのぼる。七カ国の軍によって、五十余カ所で行われた戦争裁判で処刑された人たちは千名に近い。獄死者を加えると千数百名にのぼるのである。こういう犠牲者たちとその家族をいつまでも犯罪人の汚名のもとに置くのは耐えられぬことであった。
















