「アイ・アム・グッドボーイ」と煙草を断り

「巣鴨の父」と呼ばれた田嶋隆純教誨師

1949年9月15日の夜、日蓮宗の信者であった岡田を、岡田を慕うほかの死刑囚たちは「南無妙法蓮華経」を唱えて見送った。田嶋教誨師はその後、執行までの岡田の様子を記録している。

<わがいのち果てる日に 田嶋隆純1953年>
昭和二十四年九月十五日の夜十時、執行命令を宣告すべく独房より連れ出しに行った米軍将校の中には、房外に氏の姿が現れるまで終始外で不動の姿勢をとっていた者さえあったという。宣告場においてもかつての将校にふさわしく、実に堂々、列席の米軍将校達を威圧する感があった。所長が読んだ宣告文にも軽く頷いたままで、「何か食事の希望があるか?」との問いにも、ふだんの食事でよろしいといっただけであった。


岡田が減刑になるという噂は死刑囚の棟ではかなり信ぴょう性の高い情報として伝わっていたようだ。岡田本人もまだ執行は先だと思っていて、「突然の宣告には軽い失望感を味わった」と述べたという。しかし「なあに、一夜の夢ですよ」と吹き飛ばしている。

<わがいのち果てる日に 田嶋隆純1953年>
処刑当日というのに、終日平常と何の変わりもなく、看視兵らとも冗談を飛ばし合い、ある米兵が「アメリカ煙草をあげようか」と話しかけると「アイ、アム、グッドボーイ」と吸うのを断ったりしていた。