米軍が裁いた横浜軍事法廷で、日本への空襲は国際法違反だと指摘し「法戦」と称して裁判を戦った東海軍司令官、岡田資中将。すべての責任を背負って、一人だけが絞首刑となった岡田は、1949年9月15日、スガモプリ…