酔って刑に就くが如きは恥辱

スガモプリズンに出発する朝の岡田中将〈1946年〉

死刑囚の最後の晩餐には、リクエストも叶えられ、刺身やとんかつなどが並ぶこともあったというが、特に要望もしなかった岡田中将の最後の食事も、御馳走だったという。

<わがいのち果てる日に 田嶋隆純1953年>
最後の晩餐には、氏の殊更の注文はなかったが、御馳走があって私もお相伴した。初めから瓶に三分の二ほど残っていた上等の葡萄酒が出たが、誰か厚意ある米軍将校の提供になったのかも知れぬ。「半分は最後の出発のとき飲むのに残しておいてくれ」と看視兵が私に囁いていた。

いよいよ最後のお勤めの時間となって、私は般若心経を読み、次いで「唱題は何回ぐらいやるのですか」と訊ねると「別にきまりはありません」とのことで、それでは七遍と、二人で七回唱えて勤行を終わった。その後で先ほどの葡萄酒をコップに注いであげたが、どうしてかちょっと口をつけただけでコップを置いてしまわれた。氏の酒好きは昼間十分に伺っていたので、ちょっと不審を感じたが、すぐ私は薦めるのをやめた。いやしくも軍人たるものの最後に臨み、酔って刑に就くが如きは恥辱である、との気持ちがはっきり読めたからであった。


岡田は葡萄酒を飲まずに、執行前の最後の二十分を田嶋教誨師と過ごした。仏間にあった厨子を眺めながら、「この阿弥陀さんの光背は少し曲がってますねえ」などと、実にのんびりしたものだったという。9月17日午前0時半、絞首刑が執行された。