山上被告の妹も証言「徹也は絶望の果てに事件を起こした」

 母親に続いて、弁護側の証人として法廷に立ったのは山上被告の4歳下の妹。母親の献金で家庭が崩壊していく様を克明に証言しました。

 (山上被告の妹)「母は教祖の写真を飾って、祭壇を置いて、壺を置きだしました。毎晩毎晩お祈りしていました。食事に行こうと言われてついていったら(旧)統一教会のイベントで裏切られた気分でした。母は、(旧)統一教会と長男のことで頭がいっぱいで、私が40度の熱が出ても(旧)統一教会の活動に行っていました」

 2002年に母親が自己破産すると生活はさらに困窮。妹は母親から金を無心されるようになったといいます。

 (山上被告の妹)「家賃を滞納していて金をくれと、必死の形相で道路で私にしがみついて。私は母親を20~30m引きずりました。恥ずかしくて、みじめで、つらかった。母親が私に連絡してくるのは、金の無心をする時だけでした。母親のふりをした(旧)統一教会の信者だと思いました。母親のふりをしているから、私は突き離せない」

 信仰をやめない母親に対し、山上被告の兄である長男は叱責したり包丁を振り回したりすることもあったといいます。その長男は、2015年、人生を悲観して自ら命を絶ちました。

 (山上被告の妹)「警察署で長男の遺品を渡されたとき、徹也は声を上げて泣いていました。長男の遺体から一晩中離れず、『俺のせい』とつらそうでした」

 山上被告は長男の自殺をきっかけに旧統一教会への復讐を決意したといいます。

 (山上被告の妹)「私たちは(旧)統一教会によって家庭が破綻した被害者でした。相談する窓口も探しましたが、親が入信した子どもの相談窓口は見つけられなかった。徹也は絶望の果てに事件を起こしてしまったんです」

 弁護側は、こうした過酷な生い立ちが「犯行と一直線に強く結びついていて、量刑判断において最も重要視されるべき」と主張。懲役20年が妥当だとしています。