コメ不足、備蓄米の放出、史上最高値、農水大臣の失言、農政の歴史的大転換、おこめ券――。まさに政府のコメ政策に振り回された1年だった。

“令和のコメ騒動”の渦中にいた農水省担当の記者である私にとって、「コメに始まりコメに終わった1年」となったことは間違いない。

あの時、現場では何が起きていたのか――。その舞台裏を振り返る。

突如として起きた“令和のコメ騒動” 世間と乖離した農水省

「コメ不足」

そんな言葉が世間に飛び交うようになったのは2024年8月。

この時、「南海トラフ地震臨時情報」をきっかけにパニック買いが起き、スーパーの棚からはコメが忽然と消えた。

前年の猛暑による不作と相まって、じわりじわりとコメ価格が上昇。7月中旬時点では2400円程度だったのに対し、8月末には2800円近くに。

当時の農水大臣だった坂本哲志氏は「新米が出回れば価格は落ち着く」と会見で繰り返し述べ、楽観的とも言える姿勢を貫いた。

また、農水省内の複数幹部からは「コメは必ずどこかにある」「高くて買わないなら、それはそれで仕方ない」といった、世間の感覚とはどこか乖離した声も聞かれた。

一方、大阪府の吉村洋文知事が突きつけたのが“備蓄米”という切り札だった。「倉庫に眠らせておく必要はない」とし、農水省に対し政府備蓄米を放出するよう要望したのだ。

しかし、政府の予想とは裏腹に秋を過ぎても、年を越して2025年になってもスーパーにコメが十分に出回ることはなく、消費者は旅行先でコメを買うなど想像とは一線を画すような状況となっていた。

2025年1月、コメの価格は3600円台に。4000円という大台が目前に迫っていた。この状況下で農水大臣だったのが江藤拓氏だ。