「観察力と洞察力、お兄さんもそうだった」

伸子さんは、兄が師事した土田さんのもとで心理学の基礎を学ぶことになった。他の生徒と共に合計54時間の講義。熱心に受講する伸子さんを土田さんはこう評している。
「観察力と洞察力の鋭さが、お兄さんもそうだった」
9月。伸子さんは心理学の知識を活かして、新たな取り組みをはじめた。週に1回、ボランティアで切り盛りしているカフェを会場に、誰でも気軽に悩みを話せる「相談会」だ。取材した日は10人以上が参加して、家庭や職場の悩みなどを打ち明けていた。
伸子さん「ここでしてることはカウンセリングって言うよりも、心の整備をお手伝いしますっていう感じで、重い気持ちが軽くなるようなお手伝い」
思いあふれて、涙を流す相談者も最後には笑顔になっていた。すっきりと「気持ちの整理」がついた様子だ。伸子さんを理不尽に襲った悲しみや、それを乗り越えようとする精神的な強さ、そしてエネルギーあふれる彼女の言葉に、多くの人が力をもらったのではないだろうか。
11月。伸子さんは、会いたかった人たちにはじめて「リアル」で会えた。兄が寄り添ってきたクリニックの患者たちだ。コロナの影響を受け、交流会はずっとオンラインだった。そして、今風の会話が始まった。
「画面上で見るのとちがう~!」「直接会えてよかったです」
会話は自然と兄・西澤院長の話題になる。
元患者「初めて会ったのは7月、そこから通院しだして金曜日の夜ですね。診断書を書いてもらって”休みましょうよ”って言われて」
伸子さん「私の中では優しいイメージがなくて、兄に優しいというか、気を使ってるというか、けど皆さん慕ってくれている」
元患者「そうですね、気さくでした」
この男性元患者は、伸子さんのこの1年の活動を見て自分も元気をもらったそうだ。
元患者「負けてられないぞ、じゃないですけどね。私も私なりのやり方でできることやっていこうと思った」
事件から約1年、歩み続けてきた伸子さん。
彼女のまわりには残された人たちが支え合う新たな「居場所」が着実にできていた。