特捜事件から身を引いた・・・猪狩弁護士の思い

この二つの政界を揺るがした大型経済事件で弁護を担った猪狩のもとには、その後も東京地検特捜部の標的となった政治家や企業幹部から弁護の依頼が相次いだ。

しかし猪狩は、この二件を最後に、特捜事件の弁護からきっぱりと身を引いた。そこには、揺るぎない信念があった。

「多くは、ヤメ検としての顔を利かせ、水面下で特捜部と交渉し、グレーな部分を黒と認める代わりに求刑を下げてもらう。罰金の減額や保釈への異議を見送ってもらうよう頼み込む――そんな案件ばかりだった。グレーを黒に塗り替えるような弁護など、私には到底できなかった」(同書)

猪狩は、検察の論理も、被告の脆さも、身をもって知っていた。だからこそ、その狭間に立つことの重さと葛藤を、誰より深く理解していたのである。

「ゼネコン汚職事件」の裁判は、最終的に全被告が有罪となって幕を下ろした。だが、竹内知事の裁判で猪狩が提示した論点は、のちに2010年代、検察が厳しい批判にさらされることになる「供述調書至上主義」への、重要な問題提起でもあった。

その後の猪狩は、さらに深い闇へと踏み込んでいく。
弁護士会の「民事介入暴力対策特別委員会(民暴委員)」に身を置き、暴力団をはじめとする強大な“反社会勢力”と正面から対峙する道を選んだのである。社会の底に沈殿した問題の核心へ、真正面から挑む覚悟だった。

ちょうどその頃、熊﨑もまた検察庁で一つの節目を迎えつつあった。

かつて同じ現場で闘った二人の軌跡は、静かに、しかし確かに再び交わろうとしていた。

(つづく)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光

《参考文献》
猪狩俊郎「激突」光文社
村山 治「安倍・菅政権vs検察庁」文藝春秋
熊﨑勝彦/鎌田靖「平成重大事件の深層」中公新書クラレ
村山 治「市場検察」 文藝春秋
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
井内 顯策/「愚直な検事魂」人間社