55年後の万博で 止まっていた時間が動き始める

 スイス館にメールを送って数日後。返事が届きました。そこには、「スイス館に来て欲しい」とのメッセージが。

(山本龍彦さん)「『館長一同お待ちしています』と返ってきたから、これは行かないかん」

 そうして山本さんは、バンド仲間とともに55年ぶりに万博を訪れました。何か手がかりが得られるかもしれない、という期待とともに。
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 手には一冊のアルバム。当時の写真をスマートフォンのAI機能を使って鮮明にし、アルバムを作っていました。どうにかして、マーリスさんへあの時の写真を渡そうというのです。

 いざ、大阪・関西万博のスイスパビリオンへ。到着するやいなや、スタッフから「今からハイジカフェに上がって、ラクレットチーズを食べませんか」と提案がありました。

 思わぬ歓迎に胸は高鳴ります。パビリオンで待っていたのは、スイス館のカフェテリア・ハイジカフェを運営するフィリップ・モジマンさん。山本さんにこんな話を始めました。

(フィリップ・モジマンさん)「私の母がスイス館でスタッフをしていて、父がシェフで働いていた。だから私は万博ベイビーです。“マルリーズさん”は両親の結婚式の証人でした」

 フィリップさんの話に突如として登場した名前。この“マルリーズさん”こそ、山本さんが55年前に出会ったスイス館の女性。名前は山本さんの記憶違いで、マーリスさんでなく、正しくは“マルリーズ・ミューラーさん”でした。

 フィリップさんの両親とマルリーズさんは、1970年の大阪万博・スイス館でともに働き、それ以来の親友だといいます。

 フィリップさんら現代のスイスパビリオンのスタッフが、山本さんからのメールを受け、スイス・チューリッヒで暮らしているというマルリーズさんの連絡先を探してくれることになりました。

(フィリップ・モジマンさん)「とても心が揺さぶられます。たくさんの愛情を一緒に見つけて、受け入れて、お互いの文化の違いを乗り越えます。それがまさに万博だと思います」

 フィリップさんは、マルリーズさんに連絡を取り、山本さんお手製のアルバムを渡すことを約束してくれました。