都道府県が大幅引き上げに傾く理由

各地で大幅な最低賃金上積みが行われた第一の理由は、何といっても物価が上がっているという事実です。とりわけ食料品やエネルギーといった生活必需品の値上がりが大きく、最低賃金で働く人々には厳しい状況が続いています。国の審議会でも、食料品価格が6.4%も上昇していることが6%台引き上げの根拠となりました。

第二には、人口減少と慢性的な人手不足に対する地方の強い危機感があります。特に、近隣県との差が大きいと、人材が流出するという理屈です。

さらに、現在の決定方法では都道府県知事の意思が働きやすいというのも、理由にあげられます。どの知事も近隣県には対抗心がありますし、県民に賃金アップをアピールしたいという政治的動機もあるでしょう。その意味では、一連の決定劇は「最低賃金の合理的な決め方とは」という課題も投げかけた格好です。

最低賃金引き上げは必要

賃上げが大きな政策課題だと言っても、賃金は元来、民間企業が労使の話し合いで決めるものです。その中で、最低賃金は国が唯一、直接介入できる賃上げ政策と言えるでしょう。今年度の最低賃金が大幅な引き上げで決着したことは、賃上げ継続に向けた石破政権の強い意志を示したものであると同時に、地方の知事らもその方向性を共有していることを示しました。それは、いわゆる「賃金と物価の好循環」実現にも資するものです。

また最低賃金の決定、実施が、毎年の春闘の中間地点にあたることから、来年26年の春闘への勢いをつけるという点でも、大きな意義があったと言えるでしょう。

地方経済界からは逆効果との懸念も

その一方で、「急激な最低賃金の引き上げは、需要が弱い地方経済を逆に疲弊させることになる」と懸念する声も上がっています。賃上げのコストは、まずは価格転嫁によって吸収されるべきものですが、「地方でラーメンが一杯1500円になれば、客は来てくれない」といったことはよく聞かれる話です。

地方から都市部への人口流出についても、賃金格差が理由なのではなく、そもそも地方に仕事がないことが理由だと論理矛盾を指摘する人もいます。無理に最低賃金を引き上げると、廃業や倒産を通じて雇用が奪われ、一層、労働力が流出するという見方です。

頼みの綱であるはずの生産性向上についても、最低賃金引き上げに喘ぐ企業には、そもそも省力化などに投資する余裕がないという指摘もあります。

最低賃金の引き上げだけで、日本全体の賃上げや、まして経済の好循環が実現するわけでもありません。賃上げ継続への動きを評価しつつも、賃上げを可能にする成長のための、きめ細かな政策支援を続けることが求められています。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)