◇《犬も猫も、障害のある無しも関係なく、安心して泊まれる宿》

 吉原さんには、もう1つ大切な言語があります。それは手話です。この日、吉原さんは、地元にある白老東高校にやってきました。

白老町では『手話言語条例』が制定されていて、町が小中学校、高校で手話講座を主催しています。

吉原さんは、白老町でNPO法人として活動する田村直美さんとともに、手話講座の講師をつとめています。このときは、あえて"口話"ではなく、手話だけで授業をします。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「わたしの名前は吉原和香奈です。生まれつき耳が聞こえません」

吉原さんが手話を本格的に覚えたのは、社会人になって"デフフットサル"を始めたとき。小・中・高、そして大学は、聾(ろう)学校でなく、地域の学校に通っていたからです。

高校生にとっても、ろう者と触れ合う機会というのは、なかなかありません。指文字から、手話の起源をいろいろ教えてもらうと…苦戦もしながら、いきいきと手を動かし、覚えようとしています。

 相棒の山下さんが手話を覚え始めたのは、新型コロナ拡大のとき。みんながマスクで口を覆うようになり、吉原さんが、相手の口の動きを読み取れなくなったことがきっかけでした。

『たらこ湯』山下純奈さん
「もともと友だちであったときから、聾(ろう)であることの壁はなかった。遊んでいる時って、伝わらなくても問題ないじゃないですか。なんとなく、雰囲気で行けちゃう。仕事にすると、どうしても伝わらなくちゃ困ることって、いっぱいあるし…特に真面目な話をする、ほかに第三者を交えて、きちんと同じ熱量で話をしなきゃいけない時は、もちろん手話が必要だなぁって」

"伝えたいことを伝える"ための手話が、結果的に、2人の信頼関係をさらに深めたのです。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「私、前は聞こえない苦しみとか、聞こえる人にはわからないという風に思っているところがあった。でもいまは、彼女が理解しようと頑張ってくれる様子を見ると、私はそういう風に思っていては駄目だ、そういう考え方は捨てようと思いました」

 吉原さんは近くの銭湯、山下さんはホテルでアルバイトをしています。どちらもライバルの施設ですが、店内には"たらこ湯"のポスターを貼っていて、応援してくれる人も多いのです。

開業から1年、目標は"たらこ湯"だけで生計を立てることです。慣れるまではと、営業は【金・土・日】だけでしたが、春から【月・火】の営業も始めました。

人も、犬も、猫も一緒に―。障害のあり、なしも関係なく、安く、安心して泊まれる宿であり続けたいと、2人は、意気込んでいます。"もも"の鳴き声、お客さんとの笑い声…きょうもたらこ湯はにぎやかです。