「今と変わらない」戸棚の奥にあった「笑顔」

講演などを通じて戦争の悲惨さを語り継いだ都竹さん。

しかし、戦艦大和乗組員の「笑顔の写真」については、誰にも見せることも、語ることもありませんでした。

写真を最後に見たのはいつなのか。いつから戸棚の奥にあったのか。

本当のところは都竹さんしか分かりません。

生前の都竹さんから、精悍な顔つきの写真の話を聞いていた日本海軍を研究する沖田氏。笑顔の写真を最初に見つけたのも沖田氏でした。

日本海軍を研究・沖田恭祐氏
「彼らと同い年ぐらいのときにこの写真を見て、自分と変わらないんだというのを本当に感じました」

自分と同じように笑っていて泣きそうになったといいます。

日本海軍を研究・沖田恭祐氏
「今まで都竹さんがよく言ってたような『2日にいっぺん仲間が死んでいく』っていう言葉の重みが写真によって実感できたように思いました。軍人というのも同じ若者だったことを感じるし、同じような若者がなんで戦争をしていたのか、どういう戦争をしたのか…何か理解の一助になればいいかなと思います。私もこの写真を見て、それを感じたので」

戦後に生まれた都竹さんの息子の幹生さんは、「笑顔の写真」から昔も今も変わらない若者の姿を感じたそうです。

都竹さんの息子・都竹幹生さん(73)
「将校として100人200人の兵隊さんの上に立つ立場ですから。かしこまってなきゃいけない。だけど、仲間だけで集まったそのときにはこういう顔するんだなって言うのはやっぱり今と変わらないですよね」
「一つの物事にはいろんな切り口といろいろな見方があるっていうことですかね」

2枚の写真が撮影されてから今年で80年が経ちました。

※この記事は、JNN/TBSとYahoo!ニュースによる戦後80年プロジェクト「#きおくをつなごう」の共同連携企画です。

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