さまざまな言語がふつうに飛び交う「サラダボウル」
影山 「東京サラダボウル」(NHK)はいかがでしたか。
倉田 社会性をはらみつつ、作品としてもおもしろいという両方を備えた作品だと思いました。今、日本でも移民が増えていて、その移民に対する偏見や差別的な言葉が、SNSなどであふれています。その状況の中で移民というくくりではなく、同じ人間同士だよというところを描いています。
松田龍平さん演じる通訳と、奈緒さん演じる警察官がトラブルに巻き込まれた移民の方とかかわっていく。そこには移民一人一人が抱える困り事がある。日本に働きに来て、結局、反社会的な組織に利用されて戻れなくなったり、さらなる犯罪に巻き込まれたり、そういった現実も知ることができました。
松田さん演じる通訳という存在がすごく大きい。言葉はお互いの理解を深めるためにあるわけで、言葉を使い、通訳する中で、外国の人と理解を深めていく、わかり合っていくことが大切なんだなというメッセージ性を強く感じました。あと、奈緒さんのとんでもない緑色の髪がすごくかっこよかったです。
影山 あれは似合ってましたね。
田幸 日本の社会は労働力不足で、外国人の力をかりないと回らない状態になっている。その一方で、外国人ヘイトも盛んに行われている。その中で、混ざり合いはしないけれど、いろいろな人種の人たちと一緒に生きていこうとする。それを「東京サラダボウル」というのはうまく言ったものだと、原作で思っていました。この状況を、今ドラマにすることにすごく意義があると思います。
社会問題を描くドラマは、硬派過ぎたり、重たかったり、ちょっとしみったれた気持ちになる人もいて、食指が動かないこともあると思います。その点、この作品のよいところは、映像もキャスティングもよくて、とにかくめちゃくちゃかっこいい。ふだん社会問題に関心がない人が、かっこいい、おもしろいで引きつけられるのはすごく重要だと思います。
第1話を見てびっくりしたのが、これまでのドラマで見たことがないぐらい、いろいろな言葉が吹き替えなしで飛び交っている。字幕で読んでいるのに、私たちは思ったよりも難儀に感じずにスイスイ見られちゃう。わかりやすさに対する思い込みを覆し、視聴者への信頼感で作られていると思いました。
影山 奈緒と松田龍平のカップリングがすばらしかった。奈緒さんは代表作になるのではないかと思います。
田幸 松田さんにとって大切な存在だった警察官を演じた中村蒼さんもすばらしかった。中村さんは「べらぼう」(NHK・2025)でもいい味を出してますし、「らんまん」(NHK・2023)の親友役もよかった。繊細な雰囲気がありながら、間抜けな役も、チャラい役もやれる。この人はどれだけ引き出しを持っているんだろうと思って、今後ますます出てくると思います。
影山 あのデリケートさがたまらないですね。
「リラの花」と「パリで死のう」
田幸 「リラの花咲くけものみち」(NHK)もよかったです。山田杏奈さん演じるひきこもりの女性が、獣医になるために学びながら成長していく。命とか、生きることとか、重要なテーマをしっかり繊細に描いていました。山田さんも好演でした。
影山 山田杏奈さんは、石井ふく子さんと山田洋次さんが手がけた「わが家は楽し」(TBS)でも、髙橋海人君とともに、とても健闘していて、いい存在感を出していましたね。
田幸 「リラの花」は、北海道でのロケーションの美しさ、映像の美しさのレベルが相当高いんです。今は映像の力がないと、配信のときに海外と戦えない。その点、NHKは時間も手間も予算もかけてクオリティの高い作品をつくれて良いなと、民放のつくり手は思っているでしょうね。だからこそNHKドラマが求められる水準は民放より当然高くなりますが、こうした映像美を見せてくれる作品はNHKの力の有効活用だと思います。
単発の「どうせ死ぬなら、パリで死のう。」(NHK)も、人生をこじらせた哲学者の非常勤講師と、人生を諦めた少年である甥との邂逅によってそれぞれが変化していく作品で、よかったです。
脚本は伊吹一さんというまだ30歳の方です。あまりに言葉の使い方がいいので、当然原作があるんだろうと思っていたら、なんと彼のオリジナル。2021年にフジテレビヤングシナリオ大賞の佳作を取った方で、作品がまだそんなにはありませんが、確実に来るなと思っちゃうぐらいよかったです。
<この座談会は2025年3月31日に行われたものです>
<座談会参加者>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職
朝日放送ラジオ番組審議会委員長
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など
田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。
倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。2024年4月から学芸部芸能担当デスクを務める。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。