主人公がまったく成長しない「無能の鷹」の魅力
影山 「無能の鷹」(テレ朝)も本当によかった。菜々緒さんの代表作になるんじゃないでしょうか。新人社員の役ですが、仕事がものすごくできそうな見た目と雰囲気なのに、実はコピーもとれない、パソコンのマウスも扱えない、本当に何もできないんです。そういった登場人物だと、成長していく過程を描くのがよくあるパターンですが、最終回に至るまでまったく成長しないのがすばらしい。本人は成長しないけれど周りが成長する。このひねりがすごい。
これも「甘い」と言われそうですが、仕事ができなくて怒られもしますが、彼女のいる会社が大学のサークルのように温かい。こういう会社ならみんな幸せだろうと思いながら、でも出社拒否の社員がいたり、それもいい形で解決したり。ハッピーだけど、今の社会問題をしっかり取り上げているところも大のお気に入りでした。
田幸 菜々緒さんの「できる人オーラ」の説得力がすごい。彼女以外この役はできないというぐらいのはまり役で、こんなにコメディーが上手なんだと、ちょっとびっくりしました。
好対照で出てくる、メンタルが弱くて、頭ボサボサの新人役の塩野瑛久さんがまた芸達者でした。「光る君へ」(NHK・2024)でうるわしい一条天皇をやっていた人と全然一致しなくて、注目の役者さんだと思いました。
あまり難しいことを考えずに笑って見られるようで、いろいろなところでちゃんと風刺が効いている。技ありの、よくできたドラマでした。
「おむすび」はさすがにちょっと…
影山 あれこれ言われている「おむすび」(NHK)。脚本は「無能の鷹」と同じ根本ノンジさんです。
田幸 私は根本さんの脚本がすごく好きなんですが、さすがにタスクの消化に見える部分が多く…
影山 さすがの田幸さんもダメですか。
田幸 ギャルの描き方にしても、ヤンキーとギャルを混同しているのではないかという指摘は多数あります。
震災の取材や管理栄養士の取材などをたくさんしていると聞いています。ただ、おそらく主人公のスケジュールの都合もあり、彼女の出演シーンが自宅シーンに限定されることが多く、動きがなく、画が単調で貧しくなってしまうのは気になりますね。その分、他のキャラクターが被災地に行って報告するなどしていますが、何もできなかった主人公のもどかしさを描くという意図であれば、震災のときにその場にいなかった非当事者としての負い目や葛藤をメインテーマとして描いた「おかえりモネ」(NHK・2021)の描写が非常に繊細でしたから。
あくまで「ドラマ」ですので、取材したことをセリフやナレーションで説明するのではなく、人の営みとして物語の中に落とし込んでほしいと思ってしまうところはあります。
それに、主人公が震災のことをトラウマとして語るときもあれば「全然覚えていない」と言うときもあるなど、そうした細かな矛盾も引っかかって、物語に入りにくいんです。
影山 厳しいですね。
田幸 もともと根本ノンジさんの作品は好きですし、制作陣にもこれまで取材させて頂いた信頼している方がいて、応援しているのですが。制作現場だけでカバーできないスケジュールなど各所の事情があるのではないかと思っています。
倉田 私は、大震災の描き方を軽く感じてしまいました。朝からあまりショッキングな映像は見せられないなどの理由もあるでしょうが、ある年齢以上の人は、当時の、高速道路が横倒しになっているような実際の映像をしっかり覚えています。それを覚えている身として、私自身は被災しているわけではないですが、やはり描き方を軽く感じて、何となく共感できないまま今に至っています。
影山 僕自身は震災の時にはラジオの現場プロデューサーをやっていて、自分も被災し、報道特別番組も作りました。30年たっているけれど、人間にとって30年はまだ全然かさぶたにならないなと感じます。歴史は軽々に扱うものではないと、改めて気づくところはあります。直接ドラマのことではありませんが。