今、中国に暮らす日本人は、10万7000人あまり。常に対日感情が良好とは言えない中国で、彼らはどんな思いで日本と中国を見ているのでしょうか?
今年は日中国交正常化50年。JNN北京支局、上海支局の記者が聞いた「私が中国で暮らすわけ」。そして「私が思い描く日中のこれから」。

■予備知識なしで受けた…「国家大劇院管弦楽団」のオーディション

猪子奈実(いのこ・なみ)さん、29歳。中国・北京の国家大劇院管弦楽団に所属す
るプロのバイオリニストであり、唯一の日本人のメンバーです。


1993年、徳島県に生まれた猪子さんは、ピアノ教室の講師である母、アマチュアオーケストラで演奏する父、そしてバイオリン職人の祖父を持つ音楽一家に育ちました。バイオリンは4歳から始めたものの「どうやって始めたか覚えていない」くらい、自然な流れだったといい、小学校の卒業文集にも「音楽関係の仕事がしたい」と書くほど。バイオリニストは、「なるべくしてなった」と自負しています。

そんな猪子さんが中国に渡ったのは、半ば偶然でした。
プロを目指し、東京の音楽大学へ進学した猪子さん。卒業後は、国内のオーケストラに所属していましたが、2017年にドイツ・ベルリンに留学。1年間の滞在中、ヨーロッパのオーケストラを中心にオーディション=いわば就職試験を受けていました。オーディションは、そのパートに空きが出ないと行われないため、猪子さんは有名無名を問わず、多い時は1週間に1度はオーディションを受けていたといい、そのうちの1つが今の所属先である国家大劇院管弦楽団でした。当時、メンバーの採用のため、ベルリンで出張オーディションを行っていたのです。

さて、いざオーディション!となったものの、初めてその名を聞くオーケストラ。どういう楽団かもわかりません。そもそも、中国を訪れたことさえありません。インターネットで調べても詳しい情報がなく、「得体が知れない」と思っても、ここでチャンスを捨てるわけにはいきません。YouTubeにアップされていた過去の演奏動画をようやく見つけ、ほぼ予備知識なしでオーディションに臨みました。

まず演奏の審査、その後、生い立ちや、どのようにしてこのオーケストラを知ったのかなどを問う面接審査を無事突破。2018年、晴れてオーケストラに採用となりました。採用の理由について、合格直後に明確な説明はなく、のちに、オーディションに立ち会っていたメンバーから「猪子さんの弾き方のスタイルが好きだったから」と打ち明けられました。

■念願のオーケストラ入団!でも応援してくれる人ゼロ、両親も…

努力でつかんだ海外オーケストラへの入団。しかし、「すごいね!」と言ってくれた友人はゼロ。両親も「中国はやめたほうがいい」と入団を反対しました。猪子さんの希望をいつも聞いてくれていた両親が、「人生で初めて反対」。友人や両親が、猪子さんの中国行きに後ろ向きだった理由については、「『中国』の『印象』があまりよくなく、それが日本人の中にできあがっていたからでは」と振り返ります。

2018年11月に中国に渡った猪子さんを出迎えたのは、激しい大気汚染でした。「本物の」中華料理も口に合いません。持ってきたクレジットカードは使えず、日本にいる両親に、中国の銀行の口座を開設してもらい、送金してもらいながら暮らす毎日。オーケストラにいる日本人は猪子さんだけ。渡航前に中国のしきたりを教えてくれる人もいませんでした。英語の話せるメンバーに助けてもらいながら暮らしていた半年間は、日本語を話す機会もなく、早く日本に帰りたいとも思ったことも。