■「大きな物語」と「小さな物語」

リザちゃんが亡くなった現場近くには、たくさんのぬいぐるみや花が、一か月以上経った今も供えられていた。

その背後に、ロシア軍が標的にした建物がある。3発のミサイルに直撃され、天井が落ち、壁が崩れている。名前は「将校クラブ」とでも訳せばよいだろうか。旧ソ連時代に建てられた威圧的な建築物で、正面の上部には空軍の飛行機があしらわれたエンブレムがある。横には戦闘機の大きなオブジェもある。もともと軍にゆかりの建物であることは間違いないが、いわゆる軍事施設ではなく、中にはコンサートホールもあり、実際、攻撃のあった数日後にはウクライナ版タレント発掘ショーで有名になった女性シンガーのコンサートが予定されていた。なお、このコンサートのクルーも2人死傷している。

イリーナさんとラリーサさんも何度も中に入ったことがあり、一般の商業店舗や銀行の支店も入っていたそうだ。攻撃後はフェンスに囲まれていて中には入れないが、確かに正面脇には靴店の看板があり、靴店への入口も見える。

ミサイルの標的となった将校クラブ

ロシア軍はこの「将校クラブ」の攻撃について「ウクライナ軍と武器支援関係者の会合を標的にし、出席者を殺害した」と発表している。真偽は定かではないが、いずれにせよ白昼、これまでほとんどミサイル攻撃などなかった町のメイン広場に面した建物にミサイルを3発撃ち込めば民間人に被害が出るのは明らかだ。

リザちゃんの他にも子どもが2人亡くなっている。車の中で焼かれた人もいる。到底許されることではない。

リザちゃんとイリーナさんが紡いできた幸せの物語は、戦争中に語られる「安全保障」とか「国益」とか「歴史観」などといった「大きな物語」に比べれば「小さな物語」に過ぎないのかもしれない。それでも2人にとっては大切な、かけがえのないものだった。その「大きな物語」によって無数の「小さな物語」が、なすすべもないまま暴力的な形で踏みつぶされ、すり潰され、打ち捨てられていく。

“戦争とはそういうものなのだ。だから戦争を始めてはならないのだ”という声が聞こえてくる。その通りだろう。何の異論もない。ただ、リザちゃんの家で、この広場で、その言葉は何だか虚しく響く。


8月24日、ウクライナの独立記念日であり、ロシア侵攻から半年の節目。中継をするために再びビンニツィアの爆撃現場に戻った。ロシアの攻撃を警戒するよう政府が呼びかけていて、心なしか人出は1週間前より少ない。実際、空襲警報が、中継中も含めて何度も鳴った。

けたたましい音の中、女性が動じずに、リザちゃんへのお供え物の山に、新しい花を加えていた。