1942年、上越市直江津に建てられた捕虜収容所にはおよそ300人のオーストラリア人が収容され、過酷な生活を強いられて多数の死者が出ました。そして、終戦後は収容所の職員が裁判で責任を問われ8人が死刑となりました。戦争が生んだ2つの悲劇です。

【上越日豪協会 関勝会長】「こちらにあるのが法務死された方8人の方の碑です」

海が広がる上越市川原町にある平和記念公園。
その公園に一つの石碑があります。

【上越日豪協会 関勝会長】「捕虜収容所には捕虜の人もいたし、捕虜を監視する人もいた」

こう語るのは、上越日豪協会の関勝会長です。

この直江津の地で起きた悲劇を将来に語り次ぐ活動を行っています。川原町にあったのが直江津捕虜収容所です。

およそ300人のオーストラリア人捕虜が収容され、港近くの工場で炭鉱などの作業に従事させられていました。

当時、捕虜収容所近くで暮らしていた石塚洋子さん(92)は、その様子を覚えていました。