戦争の記憶を未来につなぐ「NO WAR プロジェクト つなぐ、つながる」です。79年前の終戦の年、宮城県では大都市の仙台市以外でも各地で小規模な空襲がありましたが、その実態はあまり知られていません。当時を知る男性の証言です。
宮城県美里町の小牛田地区に住む佐々木英壽さん(92)。1945年8月、13歳の時に空襲を体験しました。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「8月9日、ちょうど夏休みの朝だった。午前8時すぎに飛行機の編隊があまり高くない、機体がはっきり見えるくらいの高度で20機くらい飛んできた」
佐々木さんが描いた絵。その日、空襲警報は鳴らず、日本軍の戦闘機が来たと思った佐々木さんは、自宅の屋根に上って様子を眺めていたと言います。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「引き返してくる飛行機が見えた。翼から真っ赤な火柱みたいなものがドーンと落ちた。それで私は敵機だと思った」
見えたのは、貨物列車を攻撃するアメリカ軍の戦闘機でした。この「小牛田空襲」では、交通の要衝だった小牛田の駅が標的にされ、住民など20人以上が犠牲になったと言われています。
佐々木さんは自宅裏に掘った防空壕に家族と避難しました。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「飛行機のプロペラの轟音と機銃掃射のものすごいバリバリという音、爆弾が落ちた時の地響き。経験したことのない怖さ」
別の場所でアメリカ軍が撮影した「機銃掃射」の映像です。標的は、小牛田と同じ鉄道。機関車の動輪やレールを貫通する威力でした。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「子ども心に、もう無茶苦茶だなと感じた。理屈もへったくれもない。とにかくものすごい力で家も人も皆やられるという感じ」
当日、庭に落ちていた機銃の薬きょうが残っています。戦争の悲惨さを後世に伝えたいと考え、佐々木さんが今年、地元で伝承活動をする男性に提供したものです。
伝承活動する 沖田捷夫さん
「小牛田空襲のひとつの証。すごく身近に感じると思う、80年前なのに」
小牛田空襲があった8月9日と10日、宮城県内では各地で空襲があったとみられています。
しかし、残されている史料は極端に少なく、そのことを知る人はほとんどいません。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「若い人たちに戦争の悲惨さを訴えることができればいいなと思っている」
歴史の陰に隠れた戦争の記憶。一人ひとりの貴重な証言を受け継いでいく必要があります。
小牛田空襲を体験 佐々木英壽さん
「体験した人にしか分からないところがあると思う。だから人に伝えるのは非常に難しい」
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