補欠=選手生活終了。イルカが教えてくれたこと

小谷実可子氏は25歳のとき、バルセロナオリンピックの代表となるも出場機会は得られず、大会後に現役を引退。失意の中にあった小谷さんに訪れた運命的な出会いとは。

――現役選手をやめるとき、自分はこれから何をやっていこうと?

小谷実可子氏:
補欠として、競技できないという形で終わったんです。引退を決めるというよりは、もう自分は日本代表として日本の役に立たない、必要とされないスイマーになったんだっていう現実をバンと突きつけられた感じになったので、「補欠になりました、イコール、選手生活の終わりです」っていうところははっきりしていました。

最近のアスリートたちは現役のときから引退後のことも考えて、いろんな資格を取ったり勉強したり、道を考えたりっていうこともするようになっていますし、JOCもいろんなお手伝いをしていますけれども、私の頃は特に私の性格としては、現役の間だけを考えている方が集中できるタイプだったので、全く何も考えていなかったんです。

ソウルオリンピックのときに、私の演技を見たあるアメリカ人のおじさんから電話がかかってきて、「君のように美しく泳ぐものが大自然の中にいるから、僕と一緒にバハマに行かないかい」って。カリブ海にいる野生のイルカたちに会いに行こうっていうお誘いだったんです。

「人生シンクロだけじゃないよ」とか「人生オリンピックだけじゃないよ」って毎回言ってくるんです。私はオリンピックに全てを賭けているし、シンクロが大好きで365日シンクロのことを考えているんだから、余計なこと言わないでよっていう感じだったのが、バルセロナで人生の全てだと思っていたオリンピックであなたは要りませんっていう現実を突きつけられたときに、彼の言葉が初めて心にストンと落ちて。

特にやることもなかったのでバハマに行って、大海原のカリブ海の360度どっちを見ても水平線っていう中に10日間ぐらいずっといると、私ってすごいと思っていたオリンピアン、メダリストみたいなものが地球にとっては爪の垢ぐらいにもならない、なんて自分は地球にとって無意味な存在なんだろうっていうふうに感じる経験ができたんです。

10日間、野生のイルカたちと一緒にずっと泳いでいたんです。アーティスティックスイミングは曲の力、振り付け、技術を使って審判の心をつかんでナンボなわけです。イルカは私の横で泳いでいるだけで、私はすごく感動してしまって、泣けてきちゃうぐらい幸せで、私はこの地球上に人間っていうものになって生きているんだっていう感動があった。

私はアーティスティックスイミングを通して人に感動を与えたいってこんなに頑張ってきたのに、イルカは曲も衣装も振り付けも何もないのに私を一瞬にしてこんなに幸せにしている。小谷実可子、一オリンピアンであるこの人間って全然大したことない存在なんじゃないかっていうことを教えてくれたイルカとの出会いがあったので、日本に戻って陸(おか)に上がってからも、いろいろな生物、動物たち、みんなで生きていかなきゃいけない地球なんだから、きれいに大事にしていかなきゃいけないなって。心が汚いとイルカがプイッと行っちゃうと困るから、清く正しく美しく人として生きていこうみたいなことを毎年、イルカに会いに行く度に思い直して生きていた20代でした。

――自分らしく生きているということが、人に何かを与えるということに気づかれたのでしょうか。

小谷実可子氏:
今、気がつきました。よく素直って言われます。いろんなハットをかぶって日によっていろんな立場があるんですけれども、全部ハットをおろしたときの自分自身が、本当の自分じゃないですか。だから、これをなくさないように本来の自分自身らしくいたいなって、そう生きています。アスリートに戻って、どんどんやめられなくなってどんどん水に比重がいっているっていうのは、どんどん自分に帰っていっているのかもしれないです。

――では、ゲストの方の原動力、活動の源になっていることについて伺うコーナー「わたしのサステナ・エンジン」です。

小谷実可子氏:
神奈川県大磯の北浜海岸っていうところなんですけど、一説には海水浴が最初に始まったところとか。ロングビーチはかつてシンクロの試合や合宿をして、このプールの水の半分は私の涙と汗じゃないかっていうぐらいたくさんの思い出があるところで、引退した後もシンクロのスクールをこちらで。バルセロナの翌年からもう今年で31年目になるのかな。今場所は変わりましたけれども、子どもの指導をずっとここでやっていたっていう思い出の地です。

実は今、月に1回ここに行ってゴミ拾いをしています。田原(靖夫)さんはマッサージトレーナーをしながらビーチクリーンを主催している方です。体操の水鳥(寿思)選手やオリンピアン仲間が一緒に来てくれたりするようになって、仲間が広がっていったんです。

SDGs活動ってこれをやらなきゃと思うと負担になると思うんですけれども、負担なく自分で楽しみながらできることで最初に思いついたのが、このビーチクリーンだったんです。ビーチをきれいにしながら集中できます、癒されます、友達も増えます、おいしいものも食べられますっていう、年間スケジュールの中で自分をセットし直す良いタイミングになっています。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年6月16日放送より)