私に1分間 時間をください!

鈴木 そして、その59年に例の都はるみさんのことがあったんですよ。最初、私のとこへ来たのは、はるみさんに2曲歌わせるって来たんです、最初ね、誰かから。途中で1曲、それからトリで1曲って。でも私はそれは違うだろうと思いました。

隈部 うん。

鈴木 紅白ってのは、あくまで1人1曲が原則、大原則じゃないかと。だから、はるみさんにもう1曲歌ってもらうには、全歌手のオーケーが必要だと。そこでそれを「お許し願いたい」って言ってやろうかと思ったんです。それをやるためには、白組キャプテンの北島三郎さん、赤組キャプテンの水前寺清子さん、指揮のダン池田さん、この3人には断わんなきゃいけないなと。

隈部 うん。

鈴木 それで、はるみさんにそのことを言うとすると、ここで1分かかるなと思ったわけです。だけど紅白ってのはね、時間との闘いなんです。押してくる(時間がオーバーしてくる)から。

隈部 うん。

鈴木 私が58年に最初にやった時、始まって3分たったらフロアにいるディレクターさんがそばへ寄ってきて、「すいません、今5分押してます」って言うんです。さ、3分しか、始まって3分しか経っていないときにね、「今5分押してます」って。そのぐらい時間との闘い。そしたら時間いっぱいにしたところに、さらに1分取るってのは大変なことですよ。

隈部 うん、うん、うん。

鈴木 そのあとの「蛍の光」なんて消し飛んじゃう。野鳥の会も消し飛んじゃうかもしれない。さらにそれを言うタイミングがあるかどうかもわからない。はるみさんが歌い始めて泣き出しちゃったらどうしようもないし。

隈部 うん。

鈴木 さらに、歌い終わって泣き崩れたところにアンコールを歌わせるのは、この上もない残酷なシーンになるじゃないですか。そう考えてくると、はるみさんにとにかく持ち歌を完璧に歌いきってもらってからじゃないと、言うタイミングがないわけです。

隈部 うん。

鈴木 もうそれは、その時のはるみさんの心理ですよね。

隈部 うん、うん。

鈴木 だから私、この紅白のとき、朝から晩まで、はるみさんをずーっと見てました、遠くから。そしてリハーサルのとき、割合落ち着いて全部歌ったんですね。よし、これは出来るな、と決心したのがね、5時頃でしたね。

隈部 ほお。

鈴木 そして本番、はるみさんが持ち歌を全部歌いきった。それで場内から拍手と「アンコール!」って声が起ったんで、しめたと思って、私、飛び出そうと思ったの。だけどね、あれね、よーくあそこんところビデオを見てもらうと分かるんだけど、私ね、一歩出たところで止まってんのね。

てのはね、モニターの声がえらい小さいんだ。ね。私1人で勝手に決めたでしょう。だから技術さんには何も連絡してないわけだよ。その結果、場内のマイクロフォンが上げきれてない、音がとれてないなと思ったわけ。つまり各家庭には、これほどのアンコールや拍手の音は流れてないなと思ったの。

隈部 ほおー。

鈴木 そこへ私が飛び出してってですよ。ね、何とか言ったらね、もう「それ以上でしゃばるな」って言われるに決まってんじゃないですか。これ以上恥をかくことはないと思った。だから一歩出て止まってるんですよ。どうしようかと思って。

だけど「もうしょうがねえ」と思ってそのまま出てって、予定どおりですね、あの「1分くださいっ!」つったの。うん。それではるみさんはもうしゃがみこんじゃってるから、すぐはるみさんに話しかけて、そこでアンコールの曲の演奏が始まったんですよ。

ところが、私は1分っつったのに、あれ正確に計るとね、53秒で音が出てきてんだ。私はね、はるみさんがオーケーって言ったら、舞台のもとへ戻ってきて、アンコールってことを場内に向かって大声で言うつもりだった。

隈部 うん。

鈴木 アンコールって2度叫ぼうかと思ったのに、それは出来なかったのね。53秒で音が出ちゃったから。だからあと7秒あれば、あそこのシーンは完璧だったんですけどね。