慶長三陸地震の震源は千島海溝だった可能性が

しかし、産業技術総合研究所の岡村行信さんは、「実は千島海溝が震源だった可能性がある」と考えています。

産業技術総合研究所 岡村行信名誉リサーチャー:
「ほぼ同じ時期に北海道の東部、十勝から根室沿岸に巨大津波が発生したということが分かっています」

これは、北海道東部の浜中町で見つかった地層です。17世紀前半に津波が押し寄せたことを示す砂の層がみられます。岡村さんは、この津波はかなり内陸まで届いたとみられることから、震源は千島海溝付近で、これが慶長地震として宮城にも津波をもたらしたとみています。

産業技術総合研究所 岡村行信名誉リサーチャー:
「(北海道東部の)当時の海岸から3キロ4キロ内陸側まで砂が運ばれていったと、そういう砂の層の分布が見つかっているわけですね。慶長三陸津波は、北海道道東付近(千島海溝)の巨大地震によって発生した可能性があると考えています」

千島海溝で進む地殻変動

いま、千島海溝では次の巨大地震に向けた地殻変動が進んでいます。