
■西海岸の州が動き出した「中絶保護」
『状況は悪化するばかりで、いまの感情を言葉にすると、“恐怖”です』人工妊娠中絶を厳しく制限しているアメリカ南部テキサス州の医療従事者が、匿名や録音をしないことを条件にJNNの取材に応じた。中絶が州の法律で禁止された去年以降、病院の弁護士に「中絶」という言葉を病院内で使わないよう指導され、もし口に出せば、訴えられる可能性があるほど、張り詰めた状況なのだそうだ。
彼女が勤務する病院では、中絶はもちろん、妊娠中に胎児が死亡しても手術で体外に出すことができない。自然に母体から出るのを待つしかないなど、女性に身体的、精神的苦痛を強いているという。『自分は中絶=医療だと思っているが、州は中絶=違法行為と決めてしまい、葛藤がある』こう話すが、そもそも医療現場からこんな声が上がること自体、異常ではないか。そして、6月にアメリカ最高裁が中絶をめぐる判断を変更し、中絶を「女性の権利」として認めてきた憲法解釈が半世紀ぶりに覆された。テキサスのような「違法州」で中絶を希望する女性は、「国の憲法」という拠り所も失ってしまったことになる。困惑は計り知れない。
最高裁の判断から1か月。「違法州」で中絶を希望する女性たちが、カリフォルニア州など西海岸を中心とした「合法州」を訪れ中絶するという動きが広がりつつある。全米で中絶支援に取り組むNPOプランドペアレントフッドのニコール・ラミレフ氏によれば、彼女が担当するロサンゼルス近郊の支部には、これまで州外から中絶に訪れる女性は月平均4人だったが、この半月だけで1.4倍になり、今後40倍(160人)にまで膨らむと予想。スタッフを増員したほか、医療施設をさらに1か所増設する計画も進行中だ。
各種調査で中絶を決めた理由で最も多いのが「社会的・経済的な理由」で、実に9割以上にのぼる。仕事への影響や、産んでも育てられない…という懸念からだが、特に低所得の人たちは「合法州」を訪れることすら簡単ではない。ラミレフ氏は『望まない妊娠、出産がもたらすのは“貧困の連鎖”だ』と指摘する。「合法州」では、「違法州」に暮らし中絶を望んでいる人へ、渡航費や滞在費の支給も検討しているが、支援にあたって「中絶を受けるハードルを、いかに低くできるか」が重要な要素となるのは間違いないだろう。
■日本では未承認の“中絶ピル”とは

アメリカで中絶を希望する人には、「手術」と「中絶ピル」の2つの選択肢がある。「中絶ピル」は、日本では承認されていないもので、2020年にはアメリカで中絶をした人の半数以上にあたる54%がピルによる中絶を選んでいる。登録した医師による診察のうえ処方され、最初に妊娠に必要なホルモンをブロックする薬を飲み、24時間後に子宮を収縮させる薬を服用すると、流産のように中絶が起きる。これらは妊娠10週目までに有効な中絶方法だ。
『簡単に手に入る薬ではないが、重要なのは中絶ピルがこの国で承認されてから22年間、極めて安全に使用できると証明されてきたことだ』 こう話すのは「合法州」であるワシントン州にあるワシントン大学医学部のエミリー・ゴッドフリー医師。ピルによる中絶は、手術に比べ母体への負担が小さいとされ、妊娠初期ほど効果があり、出血のリスクも減るとされる。また、保険など条件によるものの、ピルによる中絶は300ドル(4万1000円)ほどで、手術の半分程度の費用で済むという。
コロナ禍の去年からはオンライン診察も認められ、郵送に対応している医療機関もある。妊娠10週目までの処方という時間的な制限もある中、医療機関が近くにない人や、仕事を休めない人などには、中絶がさらにアクセスしやすくなったと言える。