「敗戦の責任を一家で負担」父は戦死し息子は戦犯に問われ 特攻隊長に迫る判決~28歳の青年はなぜ戦争犯罪人となったのか【連載:あるBC級戦犯の遺書】#124

スガモプリズン最後の処刑で命を絶たれた山形県出身の幕田稔大尉。中学の教員だった幕田の父は召集に応じて戦地に赴いたあと、終戦から2年半が経っても消息がわからなかった。1948年1月末、横浜で行われている幕田大尉の戦犯裁判は審理が進み、幕田自身の被告人質問が始まった。米兵1人を「命令により斬った」と堂々と認めている幕田には厳刑が予想され、担当弁護士は近づく判決を前に駆け込みで嘆願書を用意しようと奔走してい…






































