5.2%を超えた米長期金利、市場で広がる解釈の違い
米国の長期金利は9月24日、10年国債利回りが5.2%を超え、金融市場の大きな注目を集めた。2020年のコロナ禍以降、米金利は何度も上昇局面を経験してきたが、今回の上昇局面は過去と比較しても様々な要因が複雑に絡み合っている点が特徴的である。
市場参加者の間では、今回の金利上昇の背景について見方が分かれている。具体的には、①インフレ懸念、②FRBの利上げ(利上げ観測の高まり)、③米経済の見通し改善、④財政リスク(債務問題)の4つが主な要因として挙げられる。
現時点では、これらすべてが長期金利の上昇圧力として作用していると捉えるべきだろう。しかし重要なのは、どの要因が支配的なのかによって、今後の金利や金融市場のパスが大きく異なることである。仮に景気やインフレに対する楽観的な見方が主因であれば、金利上昇は必ずしも深刻な問題ではない。他方、財政リスクに対する懸念が中心となっている場合は、株式市場や実体経済に対する影響も含めて、より慎重な見方が必要になる。
インフレ・利上げ・成長期待による金利上昇は比較的健全
仮に金利上昇の主因がインフレ懸念であるならば、金融市場全体へのリスクはそれほど大きくないというのが、コロナ禍以降の経験則である。むろん、インフレによって実質可処分所得が目減りするため、一般家計の消費にはマイナスの影響が予想される。しかし、インフレは名目売上高や企業収益を押し上げる要因にもなり得るため、株価上昇を通じた資産効果が発生する可能性もある。資産価格の上昇によって富裕層や資産保有層の消費が支えられれば、これまでと同様にK字型の成長が継続するシナリオも考えられる。また、インフレは実質的な債務負担を軽減する方向に働くため、債務問題が直ちに悪化する展開も想定しにくい。
FRBの利上げ観測の高まりについても、金融市場へのリスクは相対的に限定的と考えられる。もちろん、利上げが行き過ぎることで景気が過度に冷え込む、いわゆるオーバーキルのリスクは存在する。しかし、その場合にはFRBが利下げに転じることで景気を支える余地があるため、構造的な問題には発展しにくい。
また、米経済の見通し改善を背景とした金利上昇については、言うまでもなく最も望ましい形である。市場では9月のPMIが強めの結果となったことが注目されている。筆者は直近2年程度のPMIと実質GDP成長率の相関が必ずしも高くないことから、景気見通しにはやや懐疑的だが、経済成長に対して強気な見方が市場に存在することは事実である。この議論だけを切り出せば、「高成長と高金利の両立」というシナリオが正当化されることになる。
一方で、最も警戒すべきなのが、財政リスク(債務問題)による、いわゆる悪い金利上昇である。債券市場にストレスがかかる中、デレバレッジを進める動きは、政府部門からも民間部門からも出てきていない。そのため、長期金利は実体経済にとってフェアな水準よりも高止まりしやすくなるだろう。徐々に実体経済に悪影響を及ぼすことになるだろう。
実質金利上昇とスティープ化が示唆するもの
金利上昇の背景を整理するために、市場データも確認しておきたい。参考までに、7月末と足元の金利構成要素の変化を整理すると、以下の通りである。
9/24 7/31 変化
10 年名目金利 5.20% 4.73% +46bp
10 年実質金利 2.86% 2.45% +42bp
10 年BEI 2.33% 2.28% +5bp
2 年名目金利 4.92% 4.29% +63bp
2 年実質金利 2.42% 2.09% +33bp
2 年BEI 2.47% 2.20% +27bp
7月末と足元を比較すると、米10年名目金利は約+46bpとなった。そのうち、長期のインフレ予想は約+5bpにとどまっている。少なくとも、今回の金利上昇を長期的なインフレ懸念の高まりだけで説明することは難しい。
他方、実質金利は10年が約+42bp、2年が約+33bpとなっている。9月FOMCでの利上げを受けて、実質金利がイールドカーブ全体に上昇圧力を与えていることがうかがえる。しかし同時に長短金利差は拡大しており、イールドカーブのスティープ化も進んでいる。
この実質金利カーブのスティープ化の動きは二通りの解釈が可能である。一つは、米国経済の成長見通しが改善し、将来の実質金利水準が引き上げられているという見方である。もう一つは、債券投資家が将来の財政不安や債務問題に対する補償を要求し、リスクプレミアムが拡大しているという見方である。データのみで両者を明確に切り分けることは難しく、それが市場で様々な解釈が生じている背景といえるだろう。前述したように、これが景気見通しの改善を示すものであればリスクが低い一方、悪い金利上昇であればリスクが大きい。
これまでと異なる点は「財政リスク」の存在
コロナ禍以降の金利上昇局面を振り返ると、主因は①インフレ懸念と②FRBの利上げ(利上げ観測の高まり)であった。コロナ後のサプライチェーンのひっ迫、ロシアによるウクライナ侵攻、イラン情勢の悪化などはインフレを押し上げ、FRBはそれに対応するため大幅な利上げを実施してきた。今回もこれらの要因は存在しているが、それに加えて④財政リスク(債務問題)の存在感が過去と比べて大きくなっているように見える。
現在、債券市場にストレスがかかる中でも、政府部門からも民間部門からも本格的なデレバレッジを進める動きは確認されていない。この状況が続けば、長期金利は実体経済にとってフェアな水準よりも高止まりしやすくなるだろう。そして、その影響は時間差を伴いながら住宅市場や設備投資、個人消費などに波及していく可能性がある。
前述したように、現在の金利上昇は複数の要因が同時に発生しているため、問題の本質が見えにくくなっている。しかし投資家が最も注意を払うべきなのは、インフレや金融政策ではなく、財政リスクの動向ではないだろうか。少なくとも現時点では、政府部門からも民間部門からも債務問題を緩和する動きは見られない。そのため当面は「悪い金利上昇」の圧力が残り続け、株式市場や実体経済への悪影響を警戒すべき局面が続くと考えられる。今後の市場を見通すうえでは、インフレ指標やFRB高官発言以上に、財政・債務問題を巡る市場の評価に注目する必要があるだろう。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)