老齢厚生年金を受給しながら企業などで働き、年金(報酬比例部分)と賃金の合計額が一定金額を超えると、年金が減額される「在職老齢年金制度」は、高齢者の働く意欲を低下させると考えられている。少子高齢化によって現役世代の負担が重くなる中で、報酬のある高齢者は「支える側」に回ってもらおうという考え方に基づく仕組みだが、企業側の人材確保や技能承継、または厚生年金適用事業所以外で働く高齢者との公平性などの観点から、見直しを求める意見が多く、2026年4月から、年金が減額される基準額が「月51万円」から「月65万円」に引き上げられた。しかし、いざ基準額を引き上げれば、実際に高齢者の労働供給が増えるかどうかは、これまでの実証研究でも、必ずしも明白になっていない。そこで本稿では、引き上げ後の2026年4月から6月までの四半期の高齢者の就業状況を調べ、引き上げ前と比べて変化が見られたかどうかを検証する。
在職老齢年金による就業調整の実態
在職老齢年金制度が、高齢者の働く意欲を低下させるという根拠としてよく用いられるのが、内閣府が2023年に全国の18歳以上の男女を対象に行った「生活設計と年金に関する世論調査」である。在職老齢年金制度の仕組みを説明した上で、公的年金を受け取る年齢になった時の働き方を尋ねたところ、「働かない」が男性では21.0%、女性では26.0%、「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら会社などで働く」が男性は41.9%、女性は46.6%だった。ただし、この調査は対象に現役世代も含めて将来の見込みを聞いたものであり、支給開始年齢に至った時に、実際にそのような行動をとるかどうかは定かではない。

これに対して、総務省の「令和4年就業構造基本調査」は調査時点の有業者に対し、実際に就業調整を行っているかどうかを尋ねている。これによると、有業者のうち「就業調整している」と回答したのは、パートやアルバイト、契約社員などを合わせて、男性は約100万人、女性は約450万人の計約550万人であり、圧倒的に女性が多い。短時間労働者が就業調整する理由は主に
(1)税、
(2)社会保険、
(3)勤め先の配偶者手当、
(4)在職老齢年金、の四つがあると考えられるが、就業調整している人数を年齢階級別にみると、公的年金を受給可能な60歳以上は少数であるため、(4)を理由とした就業調整は、550万人のうち一部である。

そこで、就業調整している理由別に調査したのが、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が18~69歳の短時間労働者1万人に行った「働き方に関するアンケート調査」(2024年)である。この調査によると、まず全体のうち「就業調整している」は男性の22.3%、女性の40.9%だった。次に、就業調整している人のうち、年金の減額を理由としているのは、男性では12.1%、女性では1.0%だった。つまり、在職老齢年金制度を理由とした就業調整は、女性では該当者が限られており、主に高齢男性の就業抑制に関するトピックだと言える。
さらに同じ調査で、就業調整している人に「意識している個人年収の水準」を尋ねると、「年金と賃金を合わせて月50万円以下」が男性は11.3%、女性は0.2%だった。「50万円」は、調査が行われた2024年当時の減額基準額である。金額面でも、就業調整している男性の約1割が在職老齢年金制度の基準額を意識していることを示しており、上述の結果と整合している。
ところで、在職老齢年金制度は、老齢厚生年金が高水準の人が当てはまるが、年金統計を見ても、高水準はほとんどが男性である。厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業年報」によると、例えば月20万円以上の老齢年金(基礎年金を含む)を受給できる人は、男性が約294万人であるのに対し、女性は約9万人に過ぎない。年金の男女差については筆者の著書でも説明しており、本稿では述べないが、在職老齢年金の減額の対象になるのは、大部分が男性であると考えられるため、以下では男性に限って論じる。