個人向け国債拡充論が浮上する背景
長期金利の上昇を受けて、財務省・金融庁は個人向け国債の魅力向上策の検討を進めていると報じられている。報道によれば、27年度税制改正要望において、個人向け国債への税制優遇措置を盛り込む方向で調整が進んでいるという。
具体的には、新NISAの対象に個人向け国債を加える案や、相続税負担の軽減などが議論されている模様である。背景には、日本銀行による国債買入れ縮小が進む中で、家計部門を新たな国債保有主体として育成したいという政策意図があるとみられ、足元の長期金利の上昇圧力を抑制するという期待がかかる。実際、個人向け国債の拡充には一定の合理性がある。
第一に、家計が長期保有主体として国債を保有することで、国債市場の安定化につながる。個人投資家は頻繁な売買を行わないと予想され、市場のボラティリティが抑制されやすい。
第二に、家計が個人向け国債を引き受けることで、機関投資家を中心とした市場で消化される国債の発行量が相対的に減少し、銀行や生保など機関投資家の需給環境が改善する。これは長期金利に対して低下方向の圧力となり得る。
近年の長期金利上昇の背景には、財政赤字の拡大や日銀の国債保有縮小など、需給構造の変化が存在する。そうした状況下で家計資金を国債市場に呼び込む政策は、金利上昇圧力を和らげる対症療法として一定の効果を持ち得るだろう。
個人向け国債は「打ち出の小槌」ではない
もっとも、個人向け国債の拡充が良いことずくめというわけではない。例えば、リスクマネーの減少という論点がある。
8月24日付日本経済新聞「経済教室」で、政策研究大学院大学特別教授のアントン・ブラウン氏は、「『骨太』の投資促進は高齢化が壁になる」と題する論考の中で、「日本は高齢者世帯に富が集中しているため、政府債務の増加によるクラウディングアウト(押しのけ)効果が特に強いことが分かった。
高齢者は資産の大部分をリスクのある上場投資信託(ETF)ではなく、安定した預金や国債で保有することを好む」と指摘した。日本では高齢者世帯に富が集中しているため、投資が抑制されやすいという指摘である。政府債務の増加によるクラウディングアウト効果が特に強く表れる可能性があるという。
この指摘は、個人向け国債拡充の議論にとって重要な示唆を含んでいる。仮に個人向け国債の魅力が高まり、高齢者を中心とする家計資金が大量に流入した場合、その資金はどこから来るのか。多くの場合、預金や投資信託、株式などからの資金シフトとなるだろう。とりわけリスク資産から安全資産へのシフトが進めば、企業活動を支えるリスクマネーは減少する。
家計が金利リスクを引き受ける以上、その対価として収益を得ることになる。だが、家計が国債投資で十分な収益を確保できると判断し、それ以上のリターン追求を行わなくなれば、本来なら株式投資や投資信託投資、あるいはスタートアップ投資に向かっていたかもしれない資金は実現しなくなる。これは教科書的な意味での「クラウディングアウト」そのものである。