金利上昇がもたらす「スタビライザー効果」

さらに視野を広げれば、個人向け国債拡充の議論そのものが、金利上昇による市場メカニズムの産物と見ることもできる。

財政悪化によって国債供給が増加し、長期金利が上昇する。すると政府は国債市場の安定化を模索し、個人向け国債の拡充や税優遇を通じて家計資金を呼び込もうとする。その結果として家計のリスクテイクが減少し、リスクマネーの供給が縮小する。

企業の成長投資が抑制され、潜在成長率の低下圧力が強まる。こうした経路は、
「財政悪化 → 金利上昇 → 個人向け国債拡充 → 家計のリスクテイク減少 → リスクマネー減少 → 成長機会喪失」という因果関係として整理できる。

これは別の言い方をすれば、金利上昇が経済活動を抑制するという、金融政策やマクロ経済学の教科書に書かれている現象(金利のスタビライザー効果)が、現在の日本でも着実に現れ始めているということでもある。

なお、個人向け国債拡充が実現しなかった場合も、必ずしも景気にとって好ましいわけではない。税優遇が実現しなければ金利低下効果は得られず、より高い金利環境が続く可能性が高い。その場合、銀行は貸出よりも国債投資を選好しやすくなり、銀行のリスクテイクが減るといった別の懸念が生じる。

いずれにしても、企業は高い資金調達コストに直面する。景気抑制効果は別のルートから発生することになる。

経済が辿る経路は異なっていても、最終的な到達点は日本経済の潜在成長力によって規定される。個人向け国債が増えても増えなくても、日本経済が抱える構造問題からは逃れられないのである。

カギを握るのは「高齢化」という構造問題

ここで改めて注目したいのは、アントン・ブラウン氏が指摘している問題の本質が、一時的な景気循環ではなく「高齢化」という構造問題にある点である。

アントン・ブラウン氏は金融資産の運用行動だけでなく、実体経済においても高齢化が成長の制約になると論じている。具体的には「高齢の経営幹部は成長よりも安定を重視する。安定は彼らの短期的計画に適しているだけでなく、終身雇用の下で高齢化が進む従業員にとっても有益である。

したがって政府の投資奨励策が非上場の民間企業を率いる高齢経営幹部の意向を変えることはないだろう」という指摘である。これは実体経済に直接影響がある指摘であり、高齢化が金融投資に与える影響よりも深刻な問題だろう。

最近の日本では、インフレ率の上昇を背景に、人手不足や供給制約といった「供給面」の問題が注目されている。しかし、高齢者比率の上昇によってリスクテイクや成長志向が弱まれば、投資需要や消費需要そのものが減少する可能性がある。人口減少と高齢化が進む日本では、供給不足だけでなく需要不足にも目を向ける必要があるだろう。

高齢者の成長志向の弱さは一種の「ノルム(行動規範)」とも言える。しかし、高齢者人口そのものが増えているという事実は、単なる心理的要因ではなく「構造問題」である。日本経済の将来を考える上で、どちらを重視するかによって見通しは大きく変わるだろう。筆者は後者の「構造要因」の影響をより重くみている。

本質的な課題は「高齢化がもたらす成長制約」

以上の議論をまとめると、個人向け国債の拡充論も、単なる国債消化策として捉えるべきではないと言える。その背後には、高齢化がもたらす資金循環の変化、リスクマネーの縮小、そして潜在成長率への影響という大きなテーマが横たわっている。個人向け国債は決して打ち出の小槌ではない。むしろ、それを巡る議論は、「高齢化がもたらす成長制約」という、日本経済が直面する本質的な課題を映し出しているのである。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)