(ブルームバーグ):香港がヘッジファンドを対象とする減税に動いたことで、現地の金融業界では対応を巡る動きが一気に活発化している。投資銀行は自己勘定トレーダーの流出を懸念し、あるファンドは恩恵を最大限に受けようと、受付係を投資家向け情報提供(IR)担当者として見なすことさえ検討している。
シンガポールやアラブ首長国連邦(UAE)のドバイなどとの運用会社誘致合戦に挑む香港政府は、広範な内容を盛り込んだ新たな税制法案を立法会(議会)に提出した。最も注目を集めているのは、成功報酬の一種であるキャリードインタレストに対する免税措置の大幅な拡充だ。
キャリードインタレストは投資利益の一部を分配する仕組みで、花形ファンドマネジャーに巨額の報酬をもたらす可能性がある。
法案はなお立法会で審議中だが、すでに香港の金融業界ではロビー活動や適用対象に関する臆測、業界内のうわさ話が飛び交っている。
トレーディング各社は自らも対象に含めるよう働きかけたが、政府が急きょ発表した声明では、その要望を退けたように見える。ファミリーオフィスの運用担当者は自分たちが対象になるか見極めようとしている。
事情に詳しい関係者によると、一部の小規模ヘッジファンドは、事務職にまで非課税のボーナス(賞与)を支給できるよう契約を書き換えることを検討している。
こうしたヘッジファンド減税を巡る「狂騒曲」は、香港がファンド向け税制を見直す中で、いかに大きな利害が絡んでいるかを浮き彫りにしている。同時に、資産・ウェルスマネジャーが約5兆4000億ドル(約860兆円)の資産を運用し、金融セクターが経済活動の約4分の1を占める香港で、幅広い波及効果が生じる可能性も示している。
法律事務所チャールズ・ラッセル・スピーチリーズのパートナー、ギャベン・チョン氏は「間違いなく大きなエキサイトがあり、香港でライセンスを取得するための提案依頼が大幅に増えている」と述べた。
同氏によれば、中東や中華圏、その他アジア地域のファンドマネジャーに加え、中国本土や欧州のファミリーオフィスからもここ数週間、香港で認可を受けた法人やファンドを設立することについて問い合わせが寄せられている。
香港の動きは、資産運用会社の誘致に力を入れているシンガポールとドバイにとって新たな競争圧力となる。シンガポール通貨庁(MAS、中央銀行)は19日、国内資産運用業界の魅力を高める一連の施策を発表。柱となるのは、一定の要件を満たすファンドで投資家に「高いリターン」をもたらした場合、ファンドマネジャーや投資の専門家が得る利益の一部を非課税とする案だ。
税務コンサルタントによると、多くのファンドマネジャーは現在、大きな動きに出る前にシンガポールなどの最終的な制度内容を見極めようとしている。
香港の法案には、ファンドが優遇税率で投資できる対象の拡大や特別目的事業体の税務上の取り扱いの一段の明確化、一部ファンドを対象とする新たな報告制度など幅広い提案が盛り込まれた。
しかし、最も関心を集めているのはキャリードインタレストに対する免税措置と、それによって恩恵を受ける従業員が得る可能性のある多額の報酬だ。
ブルームバーグは、この提案が香港全体で巻き起こした反響や、新制度の恩恵を最大限に活用するためにすでに進められている計画について、税務コンサルタントや弁護士ら業界の専門家十数人に取材した。
対応急ぐファンド
6月に立法会へ提出された税制法案の文言は、その狙いについて明確だった。政府は「地域を代表する資産・ウェルスマネジメントセンターとしての競争力強化に取り組む」と記した。一方、具体的に誰が恩恵を受けるのかは、それほどはっきりしていなかった。
キャリードインタレストは数十年にわたり、プライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社が外部投資家と利益を分配する際、幹部に多額の報酬を支払う仕組みとして利用されてきた。新たな税制法案が提出される前から、一部のPEファンドはこうした報酬について免税措置を受けていた。
香港当局が今年、税制上の優遇措置をPE以外にも拡大する計画を発表すると、トレーダーや投資家は自分たちも対象に含まれるのかを見極めようと一斉に動いた。
アルバレス・アンド・マーサル・タックスのアジア太平洋地域責任者ジェームズ・バデナック氏は、「制度が最初に公表されたとき、私のワッツアップや電子メールには、質問したい、制度についてもっと詳しく知りたい、自分たちが対象になり得るのか確認したいという連絡が殺到した。その状況は今も続いている」と語った。
税務専門家によれば、新法制の明確な対象とみられるのはヘッジファンドの運用担当者で、クレジットファンドやベンチャーキャピタルも対象になる見通しだ。
ただ、伝統的な意味でのキャリードインタレストは、ヘッジファンドではそれほど一般的ではない。ヘッジファンドでは年間の運用成績に応じた成功報酬を支払う方式がより一般的だ。これは関連する仕組みではあるものの、運用担当者が多額のボーナスを得るために大型投資を売却する必要はない。
キャリードインタレストの概念がヘッジファンドの成功報酬にまで広がるとの見方が強まったことで、他の企業の間でも、利益の計上方法を組み替えるなどすれば、自社も税制優遇の対象になり得るとの期待が広がった。
デロイトの税務パートナー、ロイ・ファン氏は「現時点で線引きするのはかなり難しい」と指摘し、「ファンドやファミリーオフィスを含む市場関係者は、税制優遇を利用するための仕組みを積極的に検討している」と述べた。
事情に詳しい関係者によると、自己勘定トレーディング会社も対象に加わることを強く望み、業界団体や会計事務所を通じて政府に働きかけていた。しかし、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が、香港がこうした企業を対象に含めるため税制法案の修正を検討していると報じると、香港財経事務・庫務局は直ちにコメントを出し、自己勘定取引会社は対象にならないとの見解を示した。
政府の資金で運営される諮問機関、金融発展局のエグゼクティブディレクター、ロッキー・トン氏は「対象となるには、キャリードインタレストが第三者の資金を運用して得た利益に連動する真正な分配でなければならず、自社のトレーディング部門から日常的に支払われる報酬であってはならない」と話した。
事情に詳しい関係者によれば、FTの報道を受け、銀行関係者からは不公平だとの不満が出ていた。こうした不公平感は金融業界以外にも広がる可能性がある。
パンテオン・マクロエコノミクスの中国担当シニアエコノミスト、ケルビン・ラム氏は、高額報酬を得ているファンドマネジャーがなぜ納税義務の一部を免除されるのかと、他の納税者が疑問を抱き得るとし、「税制優遇によって香港で新たに拠点を設けたり、事業を拡大したりするファンドが大幅に増えなければ、一般の労働者が得られる間接的な恩恵も当然ながらかなり小さくなる」との見方を示した。
適用範囲の限界探る
香港では企業が従業員への報酬の支払い方を検討し始めている。極端な例では、ある小規模ファンドが受付係をIR担当者と位置付け、非課税のボーナスを受け取れるようにすることを考えていると、事情に詳しい税務アドバイザーが明らかにした。
最高財務責任者(CFO)や業務運営部門の責任者など、資金運用を担当しない幹部への報酬の支払い方を見直している企業もあるという。どの従業員が税制優遇を受けられるかが曖昧なため、一部企業が制度の抜け穴を突こうとする可能性があるが、専門家は法案の趣旨自体は明確だと説明している。
アルバレスのバデナック氏は「結局のところ、この優遇措置は資金を運用して投資判断を下し、資金を調達するなど、ファンドそのものに関わるあらゆる業務を担う投資のプロフェッショナルを対象としている」と述べ、「そうした投資専門家以外にまで対象を広げようとするのは無理がある。お茶くみ係は組織内で非常に重要な役割を果たしているかもしれないが、実際に投資のプロだと主張するのは難しい」との考えを示した。
香港の法律事務所ウィラ・リーガルの創業者兼プリンシパル、ウィラ・チャン氏によれば、一つの家族の資産を管理するシングルファミリーオフィスにキャリードインタレストの税制優遇が適用されるか、あるいはそもそもこの制度が関係するかどうかは、事業の組織形態や運営方法に一部左右される。
こうした事業者の一部はライセンス免除制度を利用しており、証券先物委員会(SFC)の認可を受けていないため、制度上、税制優遇の対象となることがより難しい可能性があると同氏は説明。一方、香港のマルチファミリーオフィスの大半は、一定の条件を満たす必要はあるものの、税制優遇の対象になれる見通しだという。
銀行からの人材流出
新たなルールは香港の投資銀行内で緊張を生む恐れもある。ゴールドマン・サックス・グループやJPモルガン・チェース、モルガン・スタンレーなどは香港で合わせて数千人を雇用し、他の事業と並んで自己勘定取引部門や資産運用部門を抱えている。
税務のエキスパートは、外部資金を運用するという重要な要件を満たすため、こうした資産運用部門には税制優遇が適用されることは明らかだとみている。
一方、銀行の自己勘定取引部門で働く行員は対象外となる可能性がある。同僚同士が互いのボーナス額を強く意識する業界だけに、不満を招く公算が大きい。
事情に詳しい関係者によれば、一部の銀行は、自己勘定トレーダーが今後、バイサイドに移る動機を一段と強めることを懸念している。
アジアで小規模な運用チームを束ねた巨大な運用会社が台頭し、すでに銀行から人材を引き抜いている中、銀行が直面する人材流出圧力はさらに強まりそうだ。
「実績を持ち運べる優秀な銀行トレーダーにとって、ファンドへの転職はすでに金銭面で魅力的だった。税制上の扱いによって、その決断はかなり容易になり得る」と人材紹介会社ウェルズリー・パートナーズのグローバル銀行業・市場共同責任者ロレッタ・チャン氏は分析。その上で「銀行は最も優秀なリスクテーカーを引き留めるため、これまで以上に大きな努力を迫られる可能性がある」と述べた。
マルチストラテジーのヘッジファンドを運用する米ミレニアム・マネジメントは最近、元投資銀行幹部のトーマス・ディ・ギャリデル氏を採用し、ジュリア・ライスキン氏と共にアジア共同最高経営責任者(CEO)に就任させた。これにより、同社では、UBSグループとシティグループの元銀行幹部2人がそれぞれアジア事業のトップを務めることになる。
関係者の1人によると、税制優遇を受ければ実質的な給与増となるため、弁護士がファンドの社内ポジションに転職する動きも促されると考えられる。金融業界のホワイトカラー人材が非課税ボーナスのある仕事を物色する中、最終的には人材紹介会社や税務アドバイザーに追い風となりそうだ。
税制法案は立法会の委員会ですでに逐条審査を通過しているものの、年内に再度の審議を経る必要がある。ただ、政府への働きかけを続ける余地はすでになくなったようだ。政府は先週の声明で、法案の適用範囲を拡大する計画はないと表明した。
原題:Hedge Fund Tax Break Grips Hong Kong as Banks Fear Exodus(抜粋)
--取材協力:Trista Xinyi Luo、Kiuyan Wong、David Ramli.
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