(個人向け国債へのシフトによる影響)
最後に、家計金融資産において、個人向け国債への大幅な資金シフトが起きた場合に想定される影響について考える。
まず、為替への影響は限定的となる可能性が高い。オルカンや米国株などへの投資資金が個人向け国債に向かえば、対外証券投資に伴う円売り圧力は弱まる。ただし、両者はリスク・リターン特性が大きく異なるため、大幅なシフトは考えにくい。むしろ、商品性の近い定期預金からのシフトが中心になるとみるのが妥当だろう。
その場合、政府にとってはプラスに働く可能性が高い。国債の安定消化を促し、国債利回りの上昇抑制に寄与し得るためだ。一方、現在も家計の預金の一部は、預金取扱機関を通じて国債の購入に回っている。預金からの資金流出が銀行の国債投資余力を低下させる可能性はあるものの、安定保有が見込める家計が国債を直接保有する意義は大きい。
なお、政府は個人向け国債を取り扱う金融機関に各種手数料を支払うため、その分は追加的なコストとなる。ただし、主な手数料率は、販売時が0.08~0.14%、管理時が年0.04%と低く、影響は限られるだろう。
また、家計にとってもプラス面が大きい。預金から個人向け国債に資金を移し替えることで、利回りが上昇し、受取利息が増加するためだ。家計全体で定期預金から個人向け国債へのシフトが将来的に100兆円発生し、両者の利回り差が現状並み(直近の年限別販売額で案分すると1.2%)と仮定すると、受取利息の増加額は年間1.2兆円となる。利回り差の大きい普通預金からのシフトが進む場合や、NISAの適用など政府による免税措置が導入された場合には、さらに受取利息の増加額は拡大する。
個々の家計でみると、資金シフトの余地が大きい高齢世帯ほどメリットを享受しやすい。平均値であり、中央値ではない点には留意が必要だが、世帯主が70歳代の家計は定期性預金を平均779万円保有している。仮にこの全額を上記の条件で個人向け国債に振り替えれば、受取利息は年間9万円余り増加する計算になる。
ただし、あえてデメリットを挙げるとすれば、家計間の格差を広げる方向に働くことだろう。個人向け国債に振り向けられる余裕資金が多い家計ほどメリットを享受しやすい一方、1年間換金できない資金を確保できない家計には、恩恵が及びにくいためだ。政府が政策的な後押しを強化すれば、より不公平感が高まりかねない。

一方、銀行をはじめとする預金取扱機関には、悪影響が及ぶ可能性が高い。日銀保有国債の借り換え分を家計が引き受ける形で、預金から個人向け国債への大規模な資金シフトが起これば、銀行にとって低コストの資金調達手段である預金残高が減少するためだ。

預金の流出が大規模なものとなれば、銀行は、
(1)預金金利を引き上げて預金の流出を抑える、
(2)市場性資金による調達を増やす、
(3)貸出金利を引き上げる、
(4)貸出やその他の資産を抑制・圧縮する、といった対応を迫られる可能性がある。
これらは調達コストの増加や貸出の減少、信用コストの増加などを通じて、銀行収益の下押し要因となり得る。
一方、個人向け国債の販売増加による手数料増加は見込めるものの、前述の通り、影響は限定的だろう。
このように、個人向け国債の販売拡大は、金融市場や家計、政府、銀行に幅広い影響を及ぼす可能性がある。今後の販売と政策面での後押しを巡る動向が注目される。