(ブルームバーグ):かつては、バーやパーティーで交わされる少し下世話だが、お世辞にもなり得る質問があった。「あなたの数字はいくつ?」というものだ。
だが今では、こうした質問は老後資金について尋ねていることが多い。つまり、引退までにいくら必要だと思うかという意味だ。しかし、今も昔も、その問い自体が間違っている。
必要な金額は500万ドル(約8億円)か、100万ドルか、それとも5万ドルか。実際にいくら必要になるのか分かっている人はほとんどおらず、仮に目標額を決めていても、それだけの資産を築ける見通しが立っている人は少ないだろう。
それも無理はない。老後に向けた準備が順調に進んでいるかどうかは、単純な金額だけでは判断できないからだ。
もちろん、資産は多いに越したことはない。だが、いわゆる「マジックナンバー(老後資産の目標額)」には意味がない。資産形成の目標を持ち、それに向かって努力すること自体は望ましいが、資産額そのものにこだわるのは逆効果だ。
引退後の安定した収入目指せ
目指すべきなのは、特定の時点までに一定額の資産を築くことではなく、引退後を通じて安定した収入を確保することだ。目指すものが根本的に異なる以上、必要となる投資戦略や発想も当初から変わってくる。
具体的な目標額を決めても、その後どう運用するのかという戦略まで考えている人は少ない。例えば、目標水準に到達した後は、その資産を維持するため相対的にリスクが低い債券などに移すのだろうか。
実際には、多くの人が引退後も株式の比率が高いターゲットデートファンド(目標とする退職時期に合わせて資産配分を自動調整するファンド)に投資し続けている。
また、目標額だけでは毎月いくら使えるのかも分からない。例えば、毎年資産の4%を取り崩すとしても、リスクを抑える戦略がなければ、受け取れる収入は変動する。数年間にわたって運用成績が低迷すれば、目標額を達成していても十分な生活資金を確保できないこともある。
退職に向けた資産運用の目的は、引退時点で多額の資産を保有していることではない。引退生活を通じて安定した収入を確保することだ。その実現方法はいくつもある。
例えば、年金保険を購入したり、インフレ調整後の収入を確保できる長期債を保有したりする方法がある。生活に必要な支出は年金保険や債券で賄い、旅行など裁量的な支出については、ある程度リスクを取って運用するという方法もある。
デュレーション・ミスマッチ
重要なのは、これらはいずれも資産ではなく、収入を目的としている点だ。もっとも、年金保険や長期債の価格は、株式や短期債を中心とする一般的な運用資産とは異なる値動きをする。
その結果生じるのが、「デュレーション・ミスマッチ」と呼ばれる問題だ。保有する資産は十分でも、望む老後生活を支えるだけの収入を確保できない状態を指す。老後資金を安定した収入へ切り替える段階で、資産額は十分でも、債券価格によっては期待したほどの収入を確保できないこともある。
このミスマッチは、引退後の生活に大きな影響を及ぼしかねない。下の図は、100万ドルの資産を20年間にわたるインフレ対応型の収入へ転換した場合、各時点で確保できる年間収入がどう変化したかを示している。
2016年に資産を収入へ転換していれば年間5万3000ドルの収入を確保できたが、20年なら同4万7000ドルにとどまった。一方、今年同じように転換すれば、年間6万5000ドルの収入を確保できる。

こうしたリスクを管理するには、リタイアを迎えるずっと前から、収入を確保するための運用を始める必要がある。
例えば、長期債に投資したり、将来の年金収入を確保する仕組みをポートフォリオに組み入れたりする方法が考えられる。しかし、目標額だけに目を向けていると、このミスマッチに陥る可能性が高い。なぜなら、最大化しようとしている対象が間違っているからだ。最大化すべきなのは資産ではなく、収入なのである。
だからこそ、目標額に執着することの弊害は大きい。人々の関心を本来必要な収入ではなく資産額に向けさせ、引退後を通じて不要な運用リスクを負わせるだけでなく、引退した際にどれだけ使えるのかも把握しにくくしてしまう。
次にバーやパーティーで誰かから「あなたの数字はいくつ?」と聞かれても、ためらう必要はない。それをきっかけに、老後資金の考え方について説明してあげればいい。もしその後、相手がDM(ダイレクトメッセージ)を送って距離を縮めようとしてきたら、それは不適切だと伝えよう。
(アリソン・シュレーガー氏は、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。経済を担当し、マンハッタン研究所のシニアフェローも務めています。著書には「リスクテイクの経済学-気鋭の学者と現場で探る、賢いリスクの選び方」があります。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:There Is No ‘Magic Number’ for Retirement: Allison Schrager(抜粋)
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