「私たちの過去にリスペクト」好意的な声が目立つ

ただ総じて、多くの現地紙は訪問を好意的に報じた。「日本好きなオランダ人小学生」に密着した記事では、「学校をサボって日本の天皇を見に来たんだ」と話すお茶目なインタビューも。また、戦没者慰霊との関係でいうと、あるオランダ大手紙はこう記した。

まるで何分も続いたかのような深いお辞儀で、日本の天皇皇后は敬意を表した。天皇が今回の国賓訪問を献花から始めたのには理由がある。自国の歴史における暗い一章を認識しているからだ。その当時の天皇は、祖父の裕仁(=昭和天皇)だった。遺族らの静かなメッセージは天皇にも伝わったはず

今回は、昭和・平成の時と異なり、目立ったデモはみられなかった。私たちも警戒していたが、遺族らが集まって思いを話し合う「静かな集会」が散発的にあったのみ。時が流れて体験者のほとんどが亡くなっていることや、平成の時代に”融和”が進んだことももちろん影響しているのだろう。

遺族は今回の訪問をどう受け止めたのか。JNNが遺族らに話を聞いたところ、事前に想像していなかったこんな声もあった。

遺族 父が強制収容
「天皇皇后の拝礼を見た時、感情的になりました。なぜなら日本軍の収容所ではいつも“お辞儀”があったからです。拒否したら恐ろしいことが起こりました。その意味で、あの拝礼を見たとき辛い気持ちになりました」

収容所では日本国旗や日本兵に“お辞儀”することが義務づけられ、それは「天皇に敬意を払うこととイコールだ」と説明されていたという。今回、両陛下が頭を下げるのを目にした遺族の中には、そのことがフラッシュバックした人もいた。

訪問前に取材した元収容者らにも、今回の受け止めを聞いた。

トン・ステファンさん(93) 日本軍により強制収容
「今回供花を生で見ることは叶いませんでしたが、その後、オランダのテレビニュースでその様子を見ました。日本の天皇が私たちの過去についてリスペクトがあったことを、とても嬉しく思いました

アンドレ・スクラムさん(77) 父が長崎市で捕虜に
「天皇の拝礼や一連の行動からは、オランダ国民への最大の敬意が見られました。太字で大文字の敬意です。拝礼の1分半という長さは異例でしたが、あれが天皇の気持ちそのものでしょう。オランダ人だけでなく、第二次世界大戦で苦しんだすべての人たちへの極めて強い慰霊の思いを私は感じました」

全体としては間違いなく、好意的な受け止めやポジティブな感想が目立った。一方、いまだ複雑な思いを抱く人や、私たちが気づきにくい視点を持った遺族も確かにいて、すべてをまとめて論じるのは難しいという印象だ。

オランダにて、アンドレさんと筆者。何度も訪日経験があるという。「国家レベルでは悲しい過去があったけど、オランダ人と日本人はこうして仲良くなれます。個と個の対話が、未来に向かう鍵です」と強調する。