・女性の賃上げ率は男性超えも、男女間賃金格差の縮小ペースは緩慢。

・女性が多い医療・福祉職は、公定価格が壁となり賃上げ率が低迷。

・格差是正には公定価格の見直しと、高賃金専門職への参入支援が鍵。

はじめに

人手不足や物価高によって、働く人の名目上の賃金上昇は続いている。職種別に厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)の賃金変化を2020年比で分析した先行研究では、年収ベースで2025年までに全体では12.0%上昇したこと、特に現業職やホワイトカラー専門職で増加率が高いことが指摘され、メディアでも、「現場の仕事」の賃金がアップしてきたとして取り上げられた。ただし、2020年を基準とすると、コロナ禍の影響を強く受ける可能性があるため、本稿では、調査方法を踏襲した上で、日本国内でコロナ禍の行動制限が解除され、経済活動が正常化に向かい始めた2023年比の変動を確認する。その上で、筆者の研究対象である女性への影響を検討する。従来、職業によって男女就業者の偏在が見られること(水平的職業分離)、女性は低賃金職業に集中していることが、男女間賃金格差の一つの要因となってきた。そこで、女性割合や女性就業者数が多い職業と産業の年収増加率に着目し、女性の賃金増加と男女間賃金格差の縮小を進める上で、何が課題となるかを考える。

結論を先取りすれば、過去3年で検証しても、年収増加率が大きい職業には、もともと賃金水準が高い専門職に加え、現場の職業が複数、ランクインし、人手不足の影響があると考えられる。また、増加率が高順位だった職業の多くは、市場原理によって賃金が決まる職業であったのに対し、女性が多く就業する医療や福祉の職業は、公定価格が賃金原資を規定するため、市場賃金の上昇が他産業ほど直接反映されにくく、人手不足や物価高による賃金上昇の波が届きにくい構造にあることが分かった。

男女別にみた年収増加率(2023年比)

コロナ禍の影響が大きい職業は、反動によってコロナ明けの年収増加率が跳ね上がる可能性がある。例えば2024年までの年収増加率の首位は「タクシー運転手」だったが、コロナ禍による外出自粛の影響で、2020年の全国のタクシーの輸送人員、営業収入はともに前年比4割減に落ち込んだ。タクシー運転手の給料は歩合制が多いため、年収も大きく減少したと考えられる。

このようなコロナ禍からの反動によるブレを抑えるため、同じ方法で、コロナ禍の行動制限が解除された2023年と2025年について、短時間労働者を除く一般労働者の年収を試算した。この3年間の変化は、全体では7.6%増加しており、男性(7.2%増加)よりも女性(9.4%増加)の方が、増加率が大きかった。これにより、年収の男女間賃金格差は過去3年で1.4ポイント縮小した。2023年から2025年までの消費者物価指数(総合)は6.0%であり、全体でみれば、賃金上昇率の方が上回った。ただし、男女間賃金格差の解消という課題について考えると、2年間で1.4ポイント縮小というペースでは、格差解消までには相当の時間を要する。次項以降では、どのような職業・産業が格差縮小をけん引したのか、その背景にある構造を詳しくみていく。

職業別にみた年収増加率(2023年比)

一部の専門職、現場職、事務職が増加率で上位に

職種別に2023年比で年収増加率を分析すると、上位20位は図表2のようになった。職種区分ごとでは、最大の9職種が「専門的・技術的従事者」であった。「専門的・技術的従事者」はもともと、賃金構造基本統計調査の12種類の職業区分(大分類)の中でも「管理的職業従事者」に次いで賃金水準が高いが、そのうち、医療や情報処理、経営等に関する職業の一部がさらに上昇した。

いわゆる「ホワイトカラー」のうち、AIによって代替が進むと指摘されている「事務従事者」の職業を見ると、調査員や電気メーターやガスメーター検針員などを含む「外勤事務従事者」、「秘書」、データ入力従事者などの「事務用機器操作員」、企画担当やマーケティング・リサーチャーなどの「企画事務員」の四つが20位以内にランクインした。「外勤事務従事者」は、事務従事者の分類に区分されるが、実際には現場の仕事であり、AIによる代替が難しい仕事だと言える。「秘書」も来客対応業務などはAIによる代替が難しく、2025年の年収が物価上昇率均以上となった点は注目される。

事務従事者の職業のうち、2023年時点の年収が平均以上で、かつ2025年までの年収増加率も平均以上というのは「企画事務員」のみだった。一方、「庶務・人事事務員」(2023年の年収449万円、増加率3.6%)や「総合事務員」(同454万円、4.2%)のように、2023年時点の年収も増加率も平均以下、という職業もある。さらに、広報や法務などを含む「その他の一般事務従事者」(435万円、9.4%)は、2023年の年収は平均以下だが増加率は平均以上だった。このように、同じ事務の中でも、業務内容によって傾向が分かれた。一定のスキルや高度な判断が求められるか、ほぼ定型業務でAIに代替されやすいか、元の年収水準が低いかなどによって、差がついたと考えられる。

いわゆる「現場の仕事」としては、「外勤事務従事者」の他に、「発電員,変電員」、「食料品・飲料・たばこ製造従事者」、「鉄道運転従事者」、「電気工事従事者」の五つがランクインした。こうした職業では人手不足が影響したと考えられる。因みに、先行研究の分析で2020年~2024年の年収増加率が首位だった「タクシー運転手」は、2023~2025年の年収増加率は7.5%で、47位だった。上位20位までの職業の女性割合を見ると、女性が過半数を占めているものは「歯科医師」など五つだった。

女性割合が高い職業の年収増加率

次に、女性割合が高い職業20位までの年収増加率を見ると、半数の10の職業では賃金増加率が物価上昇率の6.0%を下回った。女性割合がほぼ100%の「助産師」と「歯科衛生士」は、いずれも賃金増加率はマイナスだった。「保健師」、「秘書」、「保険営業職業従事者」、「電話応接事務員」はいずれも増加率が二桁に上ったが、そもそも2023年時点の年収がいずれも平均以下の職業であり、過去3年で年収水準が飛躍したというより、最低賃金引上げの影響も受けて、底上げが進んだと言える。女性の年収水準そのものを引き上げる効果は限定的である。

女性割合が高い職業の年収増加率を概観して分かるのは、医療福祉職の増加率の伸びが抑制されていることである。「助産師」、「歯科衛生士」、「准看護師」、「看護師」、「看護助手」、「臨床検査技師」のいずれも年収増加率が物価上昇率を下回った。前稿で述べた通り、特に「看護師」は女性の就業者数が多く、女性全体の年収水準向上への影響も大きい。同じように、女性就業者数が多い「保育士」や「介護支援専門員(ケアマネージャー)」も、年収増加率が物価上昇率を下回った。

女性就業者が多い医療福祉職では、医療報酬や介護報酬などの公定価格が賃金原資を規定しているため、労働供給不足による市場賃金の上昇が賃金増加に直結しにくい。処遇改善のための財源措置が講じられても、公定価格だけで決まるものではなく、各事業所の経営状況や職員構成、地域差なども影響するため、その配分方法によっては、必ずしも事業所への給付が従業員の賃上げに充てられるとは限らない。しかし、人手不足が深刻であるにもかかわらず、賃金上昇率が相対的に低いという結果は、これらの分野では市場メカニズムだけでは賃金が調整されにくいことを示唆している。

女性就業者が集中する職業にこうした特徴がみられることは、男女間賃金格差の縮小を考える上でも重要な論点である。また診療報酬や介護報酬の改定周期は2~3年であるため、燃料費などが高騰すれば、人件費が圧迫されるというタイムラグの問題もある。

産業別にみた年収増加率(2023年比)

次に、産業別に10人以上規模企業の2023~2025年の年収増加率をみてみると、ばらつきが見られた。女性割合がおよそ半数か、過半数の産業五つのうち、「金融、保険業」(年収増加率9.8%増加)、「生活関連サービス業、娯楽業」(同7.8%増加)、「宿泊業、飲食サービス業」(同7.3%増加)では物価上昇率(6%)を上回ったのに対し、公定価格の影響が強い「医療、福祉」(同5.1%増加)や、「教育、学習支援業」(同1.2%増加)は物価上昇率を下回った。

前項でみたように、「市場原理か公定価格か」という軸で整理すると、やはり、市場原理に左右される「金融、保険業」や「生活関連サービス業、娯楽業」では年収の増加率が大きく、医療・福祉では上昇率が限定的であった。教育、学習支援業については、公立学校以外も含まれるため要因の解釈には留意が必要である。

終わりに

本稿で分析した過去3年間の年収増加率を見ると、高順位だったものの中には、従来から賃金水準が高い専門職が多く含まれた他、事務職のうち高度な判断が必要とされる職業や、AIで代替が難しい職業、現場の仕事などがランクインした。事務職のうち定型業務が多い職業は、上昇率が伸び悩んだ。これらの変化には、人手不足による供給不足の他、AIによる代替可能性が関連したとも考えられる。

女性への影響について考察すると、年収増加率が上位20位の職業のうち、女性割合が過半数の職業は一部にとまっていること、逆に、女性割合が多い医療福祉関係の職種では、むしろ年収増加率が抑えられていることが分かった。これらの職業では、公定価格が賃金原資を規定しており、女性の年収水準の上昇や、男女間賃金格差縮小を進める上で、一つのボトルネックになっているとも言える。産業別分析でも、同様の傾向が確認できた。

医療福祉で働く人は、私たちの生活に欠かせないエッセンシャルワーカーであり、私たちが乳幼児期や学齢期、高齢期などに、安全で良質なケアを受けるために、大切な職業である。これらの領域で、物価や賃金の動向に柔軟に対応し、かつ処遇改善に結びつきやすい報酬体系に改善を続けていくことは、エッセンシャルワーカー確保のためにも、男女間賃金格差解消を進めていく上でも、重要な課題だと言える。

また、男女間賃金格差の縮小を進めるためには、女性が多い職業の報酬を上げるだけではなく、リスキリングなどによって賃金上昇率が高い成長産業に、女性の進出を一層、進めていくことも重要である。前稿で示したように、「システムコンサルタント・設計者」や「公認会計士、税理士」、「著述家、記者、編集者」など、多くの専門職で女性就業者は中期的に増加してきた。女性が今後、このように高度な知識やスキルを要する専門職に進出を進め、さらにその職業内で、管理的な立場に上昇していくことも大切だろう。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子 )