トランプ米政権による薬価引き下げ政策を受け、日本で治療や薬の選択肢が狭まる懸念が広がっている。製薬企業が米国での価格引き下げを避けるため、薬価の低い国で新薬投入を遅らせたり、見送ったりする可能性がある。

米政権が導入を目指す最恵国待遇(MFN)型の薬価政策は、海外価格を参照して米国内の薬価を抑える仕組みだ。製薬企業にとって、薬価の安い国で製品を販売すれば、最大市場の米国で価格引き下げを迫られる恐れがある。国民皆保険の下で薬価の低い日本は、米国の薬価算定に影響を及ぼしかねない低薬価国の一つだ。

トランプ政権は、米国が高い薬価によって創薬イノベーションを支える一方、欧州など他国は低薬価の恩恵を受けてきたとして、各国が米国のイノベーションに「ただ乗りしてきた」と主張。米政府はイーライリリーを含む17社と価格引き下げで合意したと発表している。

欧州ではすでに、トランプ政権が方針を打ち出して以降、新薬投入の延期や見直しの動きが出ており、新薬発売件数が35%減少している。

日本の薬価

日本の薬価水準の低さは、米国との比較で際立っている。米調査機関のランド研究所のデータによると、日本の新薬の薬価は米国の4分の1以下。革新的な技術を用い、一般的に価格が高いバイオ医薬品では、その差は8分の1まで拡大する。

日本では、海外で使える薬が国内で使えない「ドラッグ・ロス」が以前から問題視されてきた。米国研究製薬工業協会(PhRMA)によると、2014-23年に米国や欧州で上市された新薬のうち、245品目が日本では未発売だ。

厚生労働省の調査では、21-23年に欧米で承認された医薬品のうち、国内開発が未着手だったものは28品目に上った。そのうち開発の必要性が高い6品目について、企業への開発要請や開発公募を実施するとしている。

日本総研の成瀬道紀主任研究員は、これまでは薬価が安い日本では採算がとれず販売を見送るケースが問題になってきたと指摘する。一方で、今後は米国での薬価引き下げを避けるために「たとえ採算がとれても販売しないということになってしまう」とみている。

PhRMAが加盟企業の日本法人を対象に実施した調査では、昨年9月時点ですでに4社が日本市場での上市戦略や時期を再検討していると回答した。その後、日本市場への投入を遅らせたり、見送ったりするケースが増えているという。

革新薬の価値認識

米製薬大手イーライリリーのルーカス・モンタルセ最高財務責任者(CFO)は、日本は成熟市場の中でも薬価が低い国の一つだと指摘し、「イノベーションがもたらす価値をより適切に認識してほしい」と述べた。日本の薬価制度については「価格の安定性と予見可能性が重要だ」とし、販売拡大などを受けて薬価を引き下げる再算定の仕組みに懸念を示した。

同社の糖尿病治療薬「マンジャロ」は価格調整により25%の値下げが決まった。今後も四半期ごとに価格が見直される可能性があるとして、モンタルセ氏は現在の仕組みは「持続可能ではない」と述べ、再考を求めた。

ドラッグ・ロス防止

厚労省の担当者は、将来のドラッグ・ロス防止に向けて創薬力の強化に取り組んでいると説明した。ワンストップ相談窓口を設置し、海外スタートアップ企業の日本進出支援や日本市場への呼び込みも進めているという。MFN政策の影響については現在情報を収集中で、業界関係者と丁寧に意見交換を行いながら必要な対応を検討していくとした。

一方で、薬価引き上げは財政圧迫や社会保険料の上昇につながりかねず、実現へのハードルは高い。日本総研の成瀬氏は、日本の薬剤使用量は他国と比べても多く、使用量を抑えれば、薬価を上げても薬剤費全体の大幅な増加を防げると話す。

米国の高い薬価が創薬イノベーションを支えてきたとすれば、米国で薬価が引き下げられれば、研究開発投資が細り、創薬活動が縮小するとの議論もある。ただ成瀬氏は、製薬企業は実際には研究開発以上にマーケティングに資金を投じていると指摘する。資源配分を見直すなどの企業努力で、イノベーションを維持する余地はあるとの見方を示した。

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