(ブルームバーグ):米カリフォルニア州ビバリーヒルズに新しくできた会員制クラブ「グラビタス」では水曜の夜になると、薄暗い照明の下でワインやキャビアが並ぶいつものディナーの風景が消える。代わりに無数のマージャン(麻雀)牌(ぱい)がぶつかり合う音が響き渡る。
クラブには50人を超える会員やゲストが集まり、今この街を席巻している古いゲームに興じている。「世の中は今、とても暗い雰囲気に思える。ただ、楽しいことをしたかった」と語るのは、初めての麻雀で勝利したクリスティーナ・ハンティントンさん(48)だ。
最近はセレブをはじめ誰もが麻雀の話をしている。俳優のダックス・シェパードさんのポッドキャスト「Armchair Expert」の共同ホストは夢中になって麻雀について語っている。ジュリア・ロバーツさんも同様だ。
ロンドンからムンバイに至る世界の主要都市で麻雀イベントが次々と開催されている。イベント掲載・チケット販売サイトのイベントブライトによると、麻雀の検索数は2023-25年に18倍に増加し、関連イベントは21-25年に45倍に拡大した。
ニューヨークのグリーン・タイル・ソーシャルクラブは、レストラン予約サイト「Resy」や映画制作・配給会社「A24」といった話題の企業と提携してイベントを開催。今年4月には出会い系アプリ「ティンダー」がロサンゼルスのチャイナタウンのバーで麻雀デートナイトを開いた。
麻雀は19世紀半ばに上海近郊で生まれた。その後、中国全土やアジア各地に広まり、地域ごとに新たなルールが加わるなどさまざまなバリエーションが見られるようになった。
米国で最初の人気のピークを迎えたのは1920年代だ。上海駐在中に麻雀を知ったスタンダード・オイルの社員ジョセフ・バブコックが、白人の米国人にエキゾチックな遊びとして売り出したことがきっかけだった。爆発的な人気を呼び、やがて独自の牌やルールを持つ米国式麻雀が誕生した。
グラビタスでは、長年にわたり麻雀を教えてきたジェニー・ジェスワニさんが、初心者ばかりのテーブルに対し、筆者を含めて辛抱強くルールを説明してくれた。
オレゴン大学で麻雀史を研究しているアネリース・ハインツ准教授は今の状況について、「1920年代を思わせる時代にいると思う。中国への関心と恐れが、米国の政治や消費文化の中で非常に明確に存在している」と話す。
アナログなつながり
フィネガン・ウォンスミスさん(28)は新型コロナ禍後まもなくロサンゼルスのバー「ジェネラル・リーズ」の麻雀ナイトに通い始めた。長く孤立した生活を強いられ、交流を求めていたからだ。「一人で行って、新しい人に会っていた。麻雀はテーブル越しに向き合うから、それがうまくいく」と述べる。
やがて主催者が忙しくなり開催できなくなると、ウォンスミスさんが引き継いだ。「マージャンアンダーグラウンド(麻将地下党)」と集会を名付け、バー側と定期開催のスケジュールを組んだ。
週1回のイベントは急拡大し、今では月曜の夜に200-250人が集まるという。参加者の増加に対応するため、サンタモニカからアトウォータービレッジまで、ロサンゼルス各地のバーやクラブに活動を広げている。
参加者はアナログなつながりを求める人から、幼いころに家族が日常的に麻雀をしていたアジア系移民2世まで幅広いという。
ジェイミー・ワンさん(33)も後者の一人で、「家族が麻雀をするのを見て育ったけれど、子どもだったので興味がなかった」と打ち明けた。
2020年に香港へ移住した際、友人たちからクラブやホームパーティーで麻雀を教わった。「自分の文化には何世紀にもわたる深みがあるのに、今まで触れてこなかったことに気付き、初めて発見している」と言う。
米国に戻ったワンさんは24年にはロサンゼルスでイベントを主催するようになり、「ワン・コレクティブ」を立ち上げた。地域の非営利団体の支援を受け、「インターナショナルマージャン」と命名した集まりをアジア系住民の多いモントレーパークのシニアセンターで開催している。毎回200人以上が参加する。
祖母を昨年亡くしたワンさんにとって、この活動は若者が祖父母世代と交流し学ぶ場でもある。直近のイベントでは10の言語を話す70人以上のボランティアが参加し、子どもから高齢者までが集った。
ワンさんによれば、「出会うと予想もしなかった人同士がテーブル越しにつながるのを見ると喜びがある。ここで一種の家族ができた」のだという。
多様なローカルルール
筆者もまた、子どものころに身近にあったものの学ばなかった麻雀に引き付けられ、このイベントに参加した。麻雀牌の漢字や親族の手さばきの速さに気後れしていたためだ。
だが、「マージャン・マスター」という会社を経営し、グラビタスやソーホーハウスなどのクラブや個人の自宅で指導しているジェスワニさんは漢字に加えてローマ数字が記された牌も用意していた。
麻雀には40種類以上のバリエーションがあり、筆者の親族は上海式を用いている。ロサンゼルスで主流の香港式とは異なる。アジア系移民にとって、麻雀は失われたものを取り戻す手段でもある。
アジア系移民に広がる各地のローカルルールに関する書籍の著者ニコール・ウォンさんは、家族のルールを記録することで歴史と文化を保存しようとしている。彼女の曽祖父は中国からニュージーランドに移住。現地の中国系コミュニティーの遊び方は古い形式を残しているとされる。
「麻雀のスタイルや歴史は料理のレシピのようなものだ。発祥地より移民社会の中で保持されることが多い。移住先の人々の方が、アイデンティティーを強く守ろうとする」とウォンさんは指摘した。
伝統への敬意
こうした新たなブームについて、移民の子どもたちの受け止めは複雑だ。ダラスの企業マージャン・ラインは21年、中国的要素を取り除いた牌を含む麻雀セットを400ドルを超える価格で販売し批判を受けた。
当時、麻雀セットは一般的に100ドルもしなかった。同社は自社サイトでは従来の麻雀牌を画一的だと表現していた。創業者の一人は同年、テレビ番組「トゥデー」への電子メールで、新しい若い層向けに進化させる意図だったが、結果的に文化的消去の経験を再現してしまったと謝罪した。
ウォンさんはこの出来事について、自分たちの生活様式が正当で現実的なものとして認められるまでに苦労していると感じていると語る。文化の尊重と流用の境界は難しい。
インド系のジェスワニさんも、指導を始めた当初は自分が部外者のように感じたという。グラビタスにはウォンさんの著書が置かれ、異なるスタイルの質問に答える際に参照されている。「ヨガはインド人以外も教えている。歴史を尊重し正しく教えるなら、私が麻雀を教えてもいいはず」だとジェスワニさんは述べる。
麻雀の歴史を08年から研究しているオレゴン大学の准教授ハインツ氏にとって、現在の麻雀ブームが一過性かどうかは重要ではない。むしろ、ルールや牌セットそのものがどこまで変化すれば、共通する本質を失い、まったく別のゲームになってしまうのかが問題だとみている。
「麻雀は常に、コミュニティーを築く非常に強力な手段」であり、そのため「今後も残り続ける」と同氏は語っている。
原題:Mahjong Is the Latest Third Place for a Burned-Out Generation (2)(抜粋)
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