幼児期金融経済教育の課題と提言
以上を踏まえ、以下では幼児期における金融経済教育について3つの課題を提示し、それぞれに対する提言を行う。
1) 制度枠組みの不十分さ
幼児期の重要性は各種文書で言及されているものの、近年金融経済教育において主要な参照点となる金融リテラシー・マップ等においては、幼児期に特化した具体的目標や内容が明確化されていない。そのため、幼児教育関係者が参照しうる標準的な枠組みが不足しているといえる。
そこで今後は、金融リテラシー・マップにおいて、幼児期に関する項目を新設する、あるいは小学校低学年の内容に「就学前段階との接続」を明示するなど、幼児期に期待される経験・態度・習慣を具体的に整理していくことが望ましいと考える。
その際、幼児期においては、具体的な金融知識や金融スキルを教えることを目指すというよりも、こどもが日常生活の中で楽しみながら、「欲しいものがあったときには、よく考え、時には我慢することを覚える」「約束やきまりを守る」「困ったことがあれば相談する」といった将来の金融行動に影響を与える考え方や習慣を育む時期として位置づけることが重要だと考えられる。
さらに、幼児教育では、認知的・情緒的・社会的発達などに関する目標が「幼稚園教育要領」や「保育所保育指針」などでまとめられ、また学術的な知見や現場での様々な実践も蓄積されている。
これらの既存の発達目標や実践・知見を、金融リテラシーや将来の金融行動との関連から改めて整理し直すことで、「幼児期の金融経済教育」を、幼児教育全体の中に無理なく位置づける枠組みが検討できると考えられる。
2) 現場実践と「金融経済教育」との結びつきの弱さ
幼稚園等では、金融経済教育とみなし得る活動が多数行われている一方で、それらが「金融経済教育」として明確に意識され、体系的に位置づけられ実践されているとは言いがたい状況があると考えられる。
したがって、幼児教育や保育で日常的に行われている活動が、「どのような観点から金融経済教育と結びつくのか」を位置づけ直し、現場の実践を「金融経済教育」として可視化しやすくすることが重要である。
以下では、その具体的イメージとして、金融経済教育推進機構(J-FLEC)の前身である金融広報中央委員会の『金融教育ガイドブック』に記載されている実践例を取り上げる。
農作物の栽培活動は、幼稚園や保育所等でしばしば行われる活動のひとつである。徳島市立川内北幼稚園の「大根づくりと子どもバザー 栽培活動から販売活動へ」という実践報告では、こどもたちが大根を栽培・収穫した後、銀行見学や「お店ごっこ」を通じて売買やお金のやり取りに親しむ中で、「自分たちが育てた大根を家族に買ってもらいたい」という意欲が高まり、最終的に「子どもバザー」で大根を販売する活動へと展開していく。
こどもたちはバザーに向けて、近隣のスーパーに出かけて大根の価格を調べ、結果をもとに販売価格を話し合って決めたうえで、当日は実際に現金のやり取りやお釣りの受け渡しを体験する。
売上金は園が用意した「銀行」に預けられ、こどもたちは自分の預金通帳を受け取る。
その後、こどもたちは預金の一部から遠足のおやつ代として必要な額を引き出し、実際にスーパーのレジで会計を体験する。
最後に通帳の残金については、遠足のバス代の一部にあてることがこどもたちに説明され、一連の活動が終了する。
この実践例では、大根栽培という日常的な活動を軸に、銀行見学、値段の比較、預入・引き出しの体験、生産者や販売者の役割理解といった複数の要素が、金融経済教育の観点から再構成されている。
ここからは、幼児教育の現場で既に行われている日々の実践やこどもたちの遊びを、こどもたちが楽しめる形で金融経済教育の観点から整理し直し、「金融経済教育」として位置づけ直していくことが可能であることが示唆されている。
3) 教員の知識・研修機会・教材の不足
村上(2009)によれば、「教員が学ぶ機会がない、または少ない」が金銭教育の実施上の最大の問題点として挙げられ、「利用可能で適切な教材・指導書の拡充」「教諭や保護者の金融教育に対する意識の醸成」が必要な方策として指摘されている。
これは、教員自身の知識・スキルの不足と、それを補う研修・教材・動機づけの仕組みが十分整っていないことを示唆する。
諸外国の国家戦略や内容を比較した「海外における金融経済教育の実態調査報告書」によれば、小学校以降の金融経済教育においても、多くの国で共通の課題は「教師の金融知識不足や専門性」だという。
そのような状況の中、教員研修プログラムや認証制度、民間・NPOによる教材・研修提供が重要な役割を果たしているという。
したがって幼児教育においても同様に、たとえば次のような取り組みを推進することが重要だと考えられる。
1つ目は、「研究校事業や研修機会の提供と周知」である。具体的には、前述の金融経済教育研究校などの既存の枠組みを活用しつつ、幼稚園・保育所・認定こども園を対象とした研修プログラムや支援事業を計画的に用意・周知することなどが考えられる。
2つ目は、「幼児期に焦点を当てた研修内容・教材の設計」である。具体的には、お金に直接かかわる理解や体験だけでなく、「待つ力」「計画する力」「約束を守る態度」など将来の金融行動の基盤となる力や習慣の形成についても、金融経済教育の観点から体系的に理解・実践できる研修内容や教材を設計することなどが考えられる。
またそのために、実際の保育場面を題材にしたケーススタディや、園内で試せる小さな実践例を蓄積し、とりまとめていくことも重要である。
3つ目は、「教員自身の金融リテラシー向上の支援」である。具体的には、教員個人が、自身の生活に関係するテーマ(家計管理、将来設計など)を学べる機会を用意することが重要である。
教員自身がまず自分の金融リテラシーを高めることで、金融経済教育を行うことへの自信や動機づけの醸成につながると考えられる。
4) 小括
以上をまとめると、幼児期における金融経済教育を今後充実・定着させていくためには、以下の3点が重要である。
第1に、幼児期に特化した金融リテラシーの枠組みを明確化すること、
第2に、すでに行われている幼児教育の活動を教員が金融経済教育の一環として捉え直せるようにすること、
第3に、教員研修や教材を整備し、現場での実践を支えることである。

上記のような方向性を通じて、幼児期の金融経済教育が、小学校以降の金融リテラシーの育成と断絶するものではなく、その後の学びや将来の金融行動の土台を築く基盤として、一連の学びの中に位置づけ直されていくことが期待される。
ただし、本稿が課題抽出の過程で参照した幼児教育の現場における金融経済教育の実態調査(村上 2009)は、2007〜2008年に実施されたものであり、現在の幼児教育現場の実態を直接示すものではない。
したがって今後は、全国的な実態調査を実施し、金融経済教育に関する最新の幼児教育現場の意識、実践状況、研修ニーズを把握することも求められよう。